第6話-四つの黒き収穫者


 翼のエネルギー弾の威力は、それは絶大だった。

 ただ一撃で半数以上が消し飛んだ。

 屋根から見下ろすと、秋月さんと久郷さんがオーガと戦っている。


 ならば、あとは屍鬼グールと最後の吸血鬼のみ――と思ったそのとき。


 唐突に、吸血鬼の背後の

 そして――ぐにゃりと、相手を包むように空間が歪んで――あっけなく、消えた。

 混乱する俺に、都築さんの念話が答えを教えてくれた。


「ちっ、逃げやがった――ごくろーさん、撤収だ撤収」

転送トランスポートの類の術式に見えましたが」

「そうだろうねえ。あたしの隔離結界にご丁寧にーーーさな穴をあけて瞬時に侵入、痕跡を残す前に転送して退去。隠密行動に慣れてるヤツか、敵ながら見事な手並みだァな」


 クロエによれば、都築さんの使った『隔離結界』という術式はは空間を内部を一時的に霊界化し、物理世界に影響を与えないようにするという複雑な術式だそうだ。

 それをこの市内全域という超広範囲に行使したその技術は特筆に値するものだとも言っていた。複雑だがそのぶん一般市民の安全度が最も高い術式ということだった。

 後で聞いたクロエの補足によれば、自身は"器用貧乏"とうそぶいているが、一部の署員には"万能"とさえ呼ばれるオールラウンダーである都築にしては、結界術はどちらかというと不得手な分野だそうだが、それでも並の術師は軽く凌ぐレベルだという。


「術式難度はランクS、かわりに結界強度はランクB程度、それが今の結界の自己評価だ。人狼や怨霊はランクE程度、あの吸血鬼についてはランクC程度ってのがあたしの読みだったんだがねえ……まさかおりがついてやがるとは」

「室長の結界を前に気配を完全に遮断していた、と?」


 驚いた様子で秋月さんが質問を返す。

 クロエが口を挟むが、その面持ちも少し感心した風だった。


「ミスター都築を出し抜くほどの相手となれば厄介だな。かなり二も慣れている上に手練れ、術式の精度から言えばランクもB+というところか。発動の速度から圧縮詠唱が予想できるが、魔力量も多く、おそらくはかなり魔力を集めている。そのうえで何よりも油断がない」

「それなりの感知術式は仕込んでたんですがね。やっこさん、気配の遮断は相当得意そうでさあ。 歯切れの悪い幕引きだが――まあ、これで互いの強さのほどは多少わかったろ」


 秋月さんたちがマンションの入り口に差し掛かったあたりで指を鳴らし、隔離結界を解除したようで、さっきの戦場と静けさが嘘のように、外の喧騒が戻ってきた。


「Eランク前後の雑魚を一刀一殺、最後のレーザーみてェな技の殲滅力といい、簡単におっぬレベルじゃないのは見たな?久郷、秋月」

「ええ。わたくし達よりも上かどうかは、まだ判じかねますが」

「おーええええ。クールビューティーのままのが可愛いと思うぜ秋月ちゃん」

「セクハラで突き出しますよ――ともかく、戦力外ではない、というところまでは認めましょう。協力者としての契約に異論はありません」


 クールビューティーというよりツンって感じだ、秋月さん。

 対策課とやらのお眼鏡には、何とかかなったみたいだった。


 ++++++++++++++++


 吸血鬼・カミルは戦慄していた。


 の捕獲という栄誉ある任務を公爵様より与えられ、彼らの力の一端から生まれた使い魔を部下として借り受けた。

 訊けばターゲットであるクロエは核をあの方に封じられ、もはや低級魔族にすら劣る力しかないと聞いていたのに。


 よもや、魔族に手を貸す人間がこちらにいるとは。

 クロエは従者ひとり、または単騎で戦う者という話ではなかったのか。


 よもや、魔族である我々がこうもたやすく打ち破られるとは。

 人間とは我々がに来るときに摂取する魔力の栄養源程度の生き物ではなかったのか。


 空から狙う怨霊スペクター眼妖ゲイザーは今しがた、信じられない魔力で一撃のもとすべて葬られてしまった。

 中では階級の高い妖鬼オーガも、二人の人間にいいようにやられていた。

 そしておそらくは――あの敵たちは誰ひとりとして本気を出していない。


 さらに悪いことに、カミルたちは魔界から出る際に"門"を通り、忌々しい"通行料"によって魔力の大半を失っている。魔道具アーティファクト『影のマント』によって日光こそ防げてはいるが、それでも街の一角で人間どもから手早く補充した程度の血では、彼らの魔力は枯渇したままだった。


 普段ならば騎士級には手が届くであろうカミルたちの力は、よくて兵士級といったところか。"通行料"を払っているのは使い魔たちも同じだけに、あれに苦戦してくれるようなら手はあったかもしれないが――。


 芥のように薙ぎ払われる使い魔どもを見て、カミルは撤退を決意した。

 借り受けた使い魔の分は別で謝るしかあるまい。


 身をひるがえそうとしたそのとき、頭のなかに声がした。


「わざわざ本土から出向いてきておくほどの用向き、なにごとだ?」


 念話の隠匿には慣れているのか、傍受されるような魔力のゆるみが一切ない。

 そしてなによりも威圧感があきらかに異質だった。その声だけで、返答を間違えば殺されるだろうことをなかば確信させられてしまうほどのプレッシャーを感じる。 


「仔細を話せ」


 そんな暇はない。あの黒いスーツのヤツが空の戦力を蹴散らしたまま、こちらへ向かって跳躍しかけているこの瞬間には。


「仕方あるまい、助けてやろう」


 背中に異質な気配。そして自分の体の周囲にはぐにゃりとした違和感。

 なにごとかと思う間もなく、気持ちの悪い浮遊感に包まれた。


 目の前の風景が酔いそうなひずみ方をして吐き気がした。

 しかし幸いに長くは続かず、すぐに景色は深い森の中へと移っていた。

 さきほどの街中とはあきらかに違う。やはり転送ワープのたぐいか。


 首筋に、針のような気配がちりちりと刺さった。


「わざわざ扉を通って使いを寄越すなどここ数十年なかったこと。話せ、貴様がこちらに持ち込んだ魔界からの任務を。我の出るに値する戦ならば――」


 どう考えても兵士の自分にはどうしようもない相手だとカミルは悟った。

 "門"の通行料によって弱っている自身の魔力とは関係がない。

 万全であっても、目の前の鎧から放たれる威圧感には触れることさえできまい。

 

 魔族には階級というものがある。力がすべてである魔界において階級はそのまま力量の差であると言ってもいい。生まれや種によっても限界があれば、突然変異や技術によって壁を超えるものもいるが、漫然と生きている限りその壁をまたぐことはそう起きるものではない。


 平民級。使い魔や、生まれたての魔族がこれだ。

 兵士級。ほとんどの「大多数」が属する。

 騎士級。一般兵とは一線を画する武芸や魔術を収めた者。

 貴族級から上の爵位級、王侯級、王族級、魔王級、魔神級などは、兵士級にすぎない彼にとってはもはや雲の上の世界、教科書めいた座学知識にすぎなかった。

 

「貴様のような者がわざわざ送り込まれるということは、数年に一度の我々収穫者ハーヴェスターへの連絡では間に合わぬ火急の何かが起きたということ」


 収穫者ハーヴェスターという存在のことは、カミルにも聞き覚えがあった。

 人間やその魂や血などぜいたくなしこうひんを魔界へと献上する者のことだ。

 わざわざ"門"を超えて、ただ存在するだけで魔力が霧散していくような人間界にとどまる異端の魔族たちを、魔界にいたカミルは所詮卑しい農夫にすぎぬと思っていたのだが――いましがた味わった人間への恐怖を克服出来るものなど、どう見ても平民クラスで勤まる仕事ではあり得まい。

 貴族か、下手をすると爵位級。クラスひとつでこれほどの力の差があるのか。


 そこまで考えたところで、カミルは愕然と悟った。

 自分は捕獲部隊として期待されていなかったことに。

 よしんば邪魔が入らなければ、棚ぼたで戦果になったかもしれないという程度に、使ということに。

 おそらくは、人間界の戦力に対して、自分を送り込んだあの方は警戒をしていたのだろう。 自分がこちらに送られた理由は――人間界に潜む、目の前の強者のような者に、魔界の動きを伝えるためだ。

 そう、ただの使い捨てのメッセンジャーにすぎなかったのだろう。


 カミルは、捕獲対象と依頼主についての情報を、あらいざらい伝えた。

 『収穫者ハーヴェスター』は黙って聞いていた。


「それでこそ。なればこそ我々がわざわざ人間界にとどまる意味があるというもの。

 対策室と正面から事を構える機を授けて下さるとは……しかも種族など問わぬことで知られるトラオムに属するおいえとあらば――ようやっと我らの期待する闘いが人間界で起こせるのだな」


 膨れ上がる威圧感に、カミルは危うく意識が飛びそうな感覚さえあった。


「耳ざといな。一番槍は我がゆくが――異論ないな?」


 カミルの周りにいつの間にか影が増えている。

 そのどれもが、同じような威圧感をたたえていた。


「構わぬが、我々の相手も残しておいてもらわねばのう?」


 中性的な、強い女の声。


「ほっほ。ここは小国じゃが手練れも多いと聞く、楽しみよのう」


 老人ようなしわがれた声。


「ぼくは退屈で退屈で仕方がなかったんだもの、戦えるならどっちでもいいよう」


 子供のような純粋で無垢な声。


「我らは"収穫"を蓄えるとしようか」

「腹ごしらえというやつじゃのう」

「はらがへってはいくさはできぬ?」

「これまで"収穫"に徹してきた甲斐もあろうというもの。

 折角ことを構えるのだ、派手にいこうではないか」


 四つの影は、喜々としてそれぞれの"領地"へと離散した。


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