第4話-鬼と拳と

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 敵の姿が見えた。

 走りながら、彼女は意識のギアをあげてゆく。


 早九字を切り加護を強めておく。

 懐から護符を取り出し、法力を送る。


「霊界課が長、秋月園枝が参ります。

 相手は人ならざるものにて。

 相手は悪しきものにて。

 修めた験徳、あらわすならば、ここに振るうは破魔の両輪。

 限定解放――阿形あぎょう吽形うんぎょう――」


 両手の護符が光となって崩れ――さきほどまで霊体として控えていたモノが実体としてカタチを得る。

 赤と青、一対の鬼神を使役する者、式鬼使い。


 眼前には悪魔――おそらくは吸血鬼の類と、怨霊スペクター――が七体程度と、恐らくリーダー格であろう人狼が一体。


「まとめて三手といったところですか」


 一手。赤い鬼神の振るう剛腕。

 彼女の法力を得て振るわれた剛の拳は焔を纏い、ただ一振りで逃げ遅れた怨霊スペクターたちを灰燼と帰した。


 二手。青い鬼神よりほとばしる雷。

 伝うように迅る紫電は、低級の吸血鬼にはひとたまりもあるまい。


 残る人狼は昨夜の襲撃者と同格といったところか。

 紫電をうけてよろめく銀の獣は、しかし踏みとどまっていた。


 一糸乱れぬ連携行動コンビネーション――それは偶然にも、一矢が想像して一笑に付したイメージとぴたりと一致した。


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 オプションキャラといえば時差攻撃とか設置技での固めとか。

 そういう戦法を思い浮かべる俺はあまりに格ゲー脳か。

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 間髪おかずに懐へ滑り込むのは、園枝本人。 

 新たに取り出した一枚の呪符に法力を込め、両腕を大きく開くように掌底。

 霊力を込めた一撃は、3メートルはあろうかという人狼の巨体を数歩下がらせた。


「この程度で――」

「初手のひとつで倒してまうのも面白くはないのですけどね。

 残念ですけど今ので仕舞しまい――仕事ですので」


 わざわざ派手な技を用いたのは、ちょっとした見世物のサービスだった。

 まだあの部屋で様子見をしている少年に向けたデモンストレーション。

 先祖のように、という破天荒な真似をするような性格でこそないが、クールな外見からは想像できないとはよく言われる。


「この程度、わたくしたちの相手ではありません。

 彼女クロエゆずりのその力、見せるならお急ぎを――獲物がいなくなる前に」


 ちょっとした挑発のような意味を持っている。

 次の獲物へと向き直る彼女たちの背後で、人狼は光とともに爆散した。


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 退魔師、と一口に言ってもそのスタイルは様々である。


 多くは霊験あらたかな祭具での調伏や、神や日輪の神聖な光をもって破邪の力を行使するものを指すのだが――久郷の使うそれは、明かに異質であった。


 生まれつき霊感があった。

 だから触れられた。

 触れられるのならば、彼にとっては同じようなものだ。

 悪魔も。人間も。幽霊も。


 触れられるのであれば殴り合える。

 ならば、相手よりも鍛えてさえいれば、勝てる。

 そんな愚直とも言えるシンプルさを、彼はその拳で突き詰めた。


 それは、幼少から続けている武術。

 空手と古式の拳法――ただそれを打ち込むのみ。


 霊能ではない。

 ただ集中により無意識に生まれる氣によって、その打撃は霊さえも砕く。


 彼は霊能を磨いたことはない。

 ただ己を鍛えただけ。

 より強い相手を求めていった先に、ただ異界の者が立っていただけ。


 一切の魔術・呪術的訓練を経ることなく、いつしか男はこう呼ばれた。

 『退魔師』久郷くごう祇千まさゆき

 そのような二つ名は、強い相手を『怨霊や幽霊ばかりねらって用意した』都築の仕業だったのかもしれない。

 けれど彼には関係がなかった。

 彼はただの格闘家だからだ――ただただ愚直に鍛えるだけだからだ。


 狼男。昨日あの少年が倒したのと同じようなレベルのもの。

 この程度の相手ならば、彼にとっては町のチンピラと変わりはない。

 数体集まったところで。


 ヒトよりも張り出した人狼の鼻づらマズルを掌底でかち上げる。

 それだけで両腕の構えが開いている。この程度の練度では相手にならない。


 浮いた上半身は正中線の急所をさらけ出す。

 水月みぞおちに正拳。 


 蹴りは使わない。

 関節サブミッションも使わない。

 修めていないわけではないが、単体相手の技も、バランスを大きく崩す技も、トドメ以外では命取りだからだ。

 ゆえに『徹拳』――ボクサーのように、拳のみを使うのだ。


 ひどく愚直で、ひどく実戦的な考え。


 しかし、打ち込まれた氣は急増の使い魔には爆薬も同じ。

 急所に打ち込まれた一撃は体内の魔力を巻き込み荒れ狂い――上半身を爆散させた。


 ため息。

 あっけなさすぎる。


 二体目が飛び込んでくるが回し受けひとつで難なくいなす。

 正拳。彼の霊力に耐えられる体ではなかった。


 返す刀で低く踏み込み、三体目に掌底。

 これも一撃で終わった。


 これでは鍛錬にもなるまい。

 仕方なく考えを切り替える。

 今回の仕事「処理すべき雑務」として割り切ろう。


 まず三体。

 カウントをはじめた。


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 不思議なことに車や往来の音は聞こえるにも関わらず、視界には一般人の姿が見当たらない。


「ミスター都築の結界術だ。おそらく空間をズラしてある」


 すげえな、あのオッサン。

 割となんでもアリなえらい能力者に見えるんだけど。

 くたびれた昼行燈のオッサンといえば、強キャラか、カッコイイ弱キャラと相場が決まっている。ちなみに俺は後者が好きです。

 まあ多分、都築さんは前者なんだろうけどね。


 ベランダから見る二人の姿は、エンジンがかかり始めたように速度を上げていく。

 特に秋月さんは、八体もの魔物を容赦なく一瞬で葬った。


「ふふふ、彼女意外と熱いじゃないか。

 早くしないとわたしたちのぶんまで食べてしまうぞ、と?」

「ああ見えて秋月はそれなりに熱い女でして。自分らでも手に負えないミッションを、新参がいけると豪語するんだからってなもんでしょう」


 オッサン、だいぶ悪意ある解釈はアンタの気持ちも入ってんじゃないの。


「加減するつもりはないようだし、そろそろ行くとしようじゃないか。

 ヒーローは遅れて現れるというけれど、敵がいなくなった後じゃ笑えないよ」


 オーケー、じゃあ行きましょうか、俺も。


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