第3話 - 迎撃開始


「基本的に『対策室』は荒事専門の部署みたいなモンですからねえ。

 興味あんなら見てもらった方がえェか」


 少し肩の力が抜けた都築さんの話し方は、ややぶっきらぼうになっていて、ここまでとは違う殺気ある色を帯びている。

 都築さんが乾いた音を立てて指を鳴らすと同時、唐突に部屋の外の音が息を吹き返した。結界とやらを解いたということだろう。

 何か重いものがうごめくような、みしみしという音が聞こえてくる。


「ランクはだいたいD+ってトコだろう、昨日の使い魔と同程度だな。

 数は……20ってとこか、ちぃと多いが――久郷、秋月、いけるな?」


「ええ、問題ありません」

「承知」


 秋月さんは手持ちのハンドバッグから短冊状の紙の束のようなものを取り出し、指で何かを切るようにしながら呪文のようなものを唱え始める。

 かたわらで、久郷さんは黒い革の手袋を装着。

 どっちも動作に隙がなくてかっこいい。


「わたしが保証しよう。きみは、彼らの戦いに確実に興味を持つだろう。

 能力者の話題には目を輝かせて食いつくと思うよ。

 だからこれはわたしからのおせっかいだ――こうして」


 クロエの声が終わると同時、右目のピントが異常を示す。

 さっき念話を傍受した時と同じように、おかしなチャンネルに回路が繋ぎ変えられるかのように、視界が不自然に切り替わっていく。 古いラジオの周波数を雑に上げ下げする感じ。 右目だけ3D酔いをしたかのように気持ちが悪い。


「俺の右目、今どーなってんの?」

「わたしの体と同じような回路に組み替えているのさ。

 右目を含め体の大部分はまだわたしの魔力で補ってあるから、組成を変える程度ならお安い御用というところ……よし、完了だ」


 右目がうずくってこういう感じなのか……勉強になるわあ。


「うむ。悪くないな。さっきより瞳のあかが濃くなった。

 紅と黒の金銀妖瞳ヘテロクロミアか――ふふ、とても素敵だよ」


 なんだっけそのルビ、銀〇伝?

 両目の色が違っていたのは、旧アニメでは若○ボイスのシブいイケメンだっけか。

 実は若〇さんってシリアスな男前の芝居もすんげーカッコいいんだよなあ……最近色物と歳食った役が多くてちょっと寂しいんだ。


 ――じゃなくて。


 いま俺の両目が違う色に理由は、視線を上げると理解できた。

 秋月さんを左右に挟むように控えると目が合ったからだ。


 角のある怪異。なるほどわかりやすく青と赤の肌をしている。

 赤い方は筋骨隆々、青い方は華奢な美少年という風貌のが、そこにいた。


「"鬼"を縛り、使役する術士――ゆえに"式鬼シキオニ遣い"という話だ。

 わたしも直に見るのは初めてだけれどね」


 それでの秋月、か。

 オプションキャラといえば時差攻撃とか設置技での固めとか。

 そういう戦法を思い浮かべる俺はあまりに格ゲー脳か。


 対する久郷さんは周囲への警戒は怠らず、深い呼吸で精神統一をしているようだった。


「彼は素手の闘士だそうだ」

「補足すると、空手をベースとした素手の武芸と氣功術を使う、バリバリの武闘派っつーとこですわ」


 いじられた右目のせいか、立ち上る闘気のようなものさえ見える。

 革製の黒い手袋のまわりに、うっすらと青っぽいヒトダマのような光が回っている。その数は徐々に増え、回転数を増してゆく。

 まさに臨戦態勢という感じの二人をよそに、都築さんとクロエの態度はあくまでゆったりとしたものだった。


「で、室長殿? わたしたちはすべきかい?」

「んー、まあ――カズヤくんがやる気なら、止めやしませんよ?」


 それ、暗に「やれ」っつってないかオッサン。

 クロエもどう見てもけしかけるノリじゃねーか。


「ふふ、そう睨まないでほしいのだけれどね?

 どのみち利点も欠点も、パフォーマンスの機会は必要だからね。

 デモンストレーションというやつさ――いこうか」


 クロエの体から黒い粒子のようなものが染み出し、確かな質感が半透明に置き換わっていく。粒子はそのまま俺の足や右目に吸い込まれ、を補うかのように、さっきまでアンバランスだった俺の体を補強した。


「実体化していないと会話が面倒なものでね。 借りていた部分は返したよ。基本的に霊体のときの会話はきみにしか聞こえない。よほど耳のいい者でなければ霊体わたしの存在にすら気づかないだろう――それくらいなのさ、いまのわたしは」

「それは別にいいけど。 俺は何をすればいい?」


 クロエと都築さん、どちらかから答えがあればいいと声に出して質問を投げる。

 回答は都築さんのほうからあった。


「2~3体倒してくれりゃ力量のほどは見れるでしょうよ、適当に頼んますわ」


 俺が3体倒したとして、秋月さんと久郷さんが8~9か。割と低めの期待度だ。

 さすがにド素人に期待はするだけ損ってもんか。

 そう思っていると、半透明のクロエがふわりと宙を舞って俺の耳元で(多分俺にだけ聞こえるように)囁いた。


「かっこよく半分くらいいただいてしまいたいところだねえ。

 わたしの魔力はほとんど底をついているけどね」


 この魔力切れハラペコ幼女、曲がりなりにもプロ相手になんだその自信。

 長年協力してるらしいから、自信はあるんだろうけども。

 作戦を軽く拝聴したいところだけど、この念話みたいなのはどう返したらいいんだろうか……とりあえず言葉を念じてみる。


「あんまり大技は連発できねーぞ」

「おや、飲み込みが早いねきみは」


 シークレット回線はあっさりつながった。


「そういえば、まだきみのスーツの”設定”はちゃんと訊いていなかったか。

 血を消費する条件や制約なんかも――」

「だいたい技と時間だよ。技が消費多くて時間でもちまちま吸われてく感じだ。

 昨日は何つーか、超必殺技ULT的な技ぶっぱなしたから一気に血がとられたんだと思う」

概要それだけ訊ければ十分だ。昨日のは大した範囲攻撃AoEだったからな」


 普通にゲーム用語についてくるあたり、教養のある幼女だぜ。


「室長、打って出ますか?」

「そうだね。待ってたらこのアパートめちゃくちゃになるかもしれんしねえ。

 いいよ、結界で民間の被害を抑えてやるから存分にやっちゃいなさいな」


 二人はうなずき、ベランダを開けて飛び降りる――まじかよ一応3階だぞここ。

 俺もベランダに出て外を見る。明らかに異質な姿がいくつも見えた。


「少し待つんだ。 ヒーローは遅れて登場するもの。

 まずは彼らの戦いを見てからでもいいだろう」


 言うのは簡単だけどさあ。

 遅れて登場して戦果ゼロとかはやだぞ?

 そう思いながら、戦闘の音に目を向けることにする。


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