第2話 - 異界対策室

 ぱちり、と男が指を鳴らすと同時、さっきまで外から聞こえていた音がぴたりと止み、まるで夜のように窓の外が暗くなる。

 電気をつけていなかったら、部屋の中も真っ暗だったろう。


「魔力、音、ついでに光もか。読唇術対策まで完備した結界とは周到だね?」

「心配性でしてね。想定しうるものはすべてルーティンに含めるタチで。

 普段からクセにしていないと、いざというときに忘れてしまいがちなモンです、あたしら人間ってもんはね」


 どこか力の抜けた話し方で話す、くたびれたオッサン。

 両脇に控える二人以上にヤバい気配がするのは気のせいだろうか。

 クロエはさすがに彼らの威圧感をゆるりと受け止めていて、笑いながら答える。


「まずは紹介といこうか。

 そのくたびれた風貌の男は、あれで警視庁のそれなりの地位にいる人間だ。

 公には秘匿されている部署ではあるがね。 名は、都築つづき 西鶴さいかく

「どうも、あたしは警視庁室長をやっとります、都築です。

 聞きなれない部署でしょう?ま、特務部隊みたいな裏の部署ですわ。

 一口でいえば、日常を壊してしまうような”このならざるモノ”に対策する部署ですなあ。

 もちろん一般の方にそんな物騒な部署を知らせることはありませんがね。

 おたくらのように直接対峙したようなケースでなければ」


 警視庁にそういう裏の部署があるのって漫画の中だけだと思ってたぜ……。

 少しほっそりとした170㎝程度の身長。

 年齢はいまいち読みづらいが、40は過ぎているだろう。

 ヒゲこそないが、全体的にくたびれた印象。

 少しだけサイドに白髪が混じっている少し長めの髪をオールバックにしている。


 身に着けた品には気品みたいなものがあるが、本人がやる気なさそうな顔の猫背なので台無しになっている感じがする。

 スーツには動く部分の皺があまりない。あれもいい品なんだろうけど、高校生の俺にはそのお値段などわかるはずもなく。


「残る二人も警官だね。けれどそっちは異名と噂程度にしか知らないな。

 "鬼の秋月"と"撤拳てっけん"――だったか」


秋月あきづき園枝そのえと申します。

 都築の部下で、異界対策室『霊界課』に所属しています」


 想像していたのとは違う、はんなりとした響きの声だった。

 文面こそ標準語だがどこか印象が違っていて、おそらく関西のイントネーションだろう。

 腰まである黒絹のようなロングヘアの前髪は、ぱっつんとまではいかないもののちょっと姫カットっぽい雰囲気。

 目は狐っぽいというかちょっとキツめのツリ目で怜悧な印象。

 けれど眉尻が低いせいか、それほどきつい印象はない。


久郷くごう祇千まさゆき


 低い声は、あまりに簡潔だった。

 いかにも警官という感じの大柄で、柔道やラグビーでもやっていそうなごつい肩幅はまさに武闘派という雰囲気。

 味もそっけもない角刈りと、鋭い目つき。

 まさに質実剛健な武闘派警官という風貌の通り、言葉数も少ないのだった。


「まあ、話す役目はだいたいあたしの仕事ですから説明はこっちから。

 一応、秋月は課長、久郷は課長補佐なんでそれなりの立場なんですわ。能力もね。

 二人とも『霊界課』の担当官ですんで、直接の担当じゃねェんですが……おたくらの事件がらみか、本来の担当『魔界課』がここ数日あわただしくてねえ」


 悪びれもせず加速する中二ワード。

 魔界に、霊界。 そこにいちいち担当課があるのか。

 いやあ、大人らしい大人に言われると違和感しかないんだけどな。


「おおざっぱに言やァ、この日常、この世界にゃ、いろんなお隣さんがいまして。

 幻想生物やら何やらがいる『霊界』、悪魔やら何やらが跳梁する『魔界』、はたまた全く違う文化・体系をもった『異世界』に、あとは物理的に宇宙なんかも『外界』として区別しとります」

OPオープニングで踊りだしそうな感じだろう」


 うっさいわ。ラインナップ違うじゃねえか。

 それに、大人三人には全く通じてない模様。


「ともかく、そういった"お隣さん"が、これをすみやかに鎮圧して日常を守る部署。 それがあたしら『対策室』なんですわ」


 日常の裏にこういう世界を描く伝奇モノなんかも多いけど、実際大真面目にやられると、こう……どう受け取ったらいいやら迷う。

 俺もこの流れで「闇の眷属にして――」とかやったらいいんだろうか……。


「ついでにわたしもきみに向けて、改めて自己紹介をしておこう。

 クロエ・ローゼンバーグ。

 『対策室』には長らく協力者として助力している。創設前からね。

 この世界の裏側、魔界出身の闇の眷属、夢魔の突然変異種さ」


 マジかよ悪びれもせず言いやがった。

 っていうか本物でしたね、お前ね。


 つややかでやたらとボリュームのある黒髪をポニーテールにまとめ、しっぽの部分はドリルめいた大きな巻き毛。

 サイドの髪も先端はゆるやかに巻いている。

 その奥には、とがった長い――いわゆるエルフ耳。

 昼間の猫のように鋭い瞳は、血のように赤いガーネットのような色。

 少女というよりは幼女と呼ぶほうがしっくりくる。

 印象だけでいえば小学生くらいの体格だが、纏う雰囲気は不自然なまでに泰然と、そして艶然として大人びていた。


「で、お三方には彼の紹介だな。

 鎧塚よろいづか 一矢かずや

 わたしが巻き込んでしまって、助けてもらっただ」


 さえないオタク高校生ですよ俺は。

 三白眼のせいか微妙に目つきが悪いといわれるけど、どっちかというと学校では半目の印象が強いみたい。

 趣味は投稿小説(人気はない)と読書(最近は主にWeb小説が)、アニメ鑑賞。

 おかげでこんなふうに巻き込まれました。


「協力者、ね――あたしは聞いちゃいますが、

 秋月らや彼自身の共有もかねて、かいつまんでもらえますかい」


 どこまで言うかを一瞬迷うような間があったが、俺にしたような説明をさらに詳細に行った。

  ・クロエを捕えた敵は、因縁があってクロエ自身を狙っている。

   

  ・「核」が敵に奪われたクロエは、まともに体を保てない。

  ・せっかく逃げだしたのに捕まるのも困るので俺に寄生。

   相性がよかった俺に

  ・なので、俺を『対策室』に登録して代りを務めさせようと――


「いやいやいや! 代わりに――登録?」

「ふむ? ヒーローをやってくれ、と頼んだじゃないか。

 少なくともわたしが復帰できるまでは頼もうと――」


 とんでもない悪条件だった。

 その話、さっき聞いた流れだと500年orラスボス討伐が必要じゃねえか。

 寿命、寿命。 人間ってそんな長くねーですよー。


「いや、巻き込んでしまった側だから強制はしないつもりだ。

 選択肢を与えたいと思って『対策課』のトップを呼んだわけだからね」

「巻き込んじまったって話は昨日のうちに電話で軽く聞いちゃいましたからねえ。

 ええ、日常に帰ってもらう選択肢も用意しますとも。機密保持にゃ念書くらいはいただきますがね」


 なるほど警視庁のバックアップで平和な日常に生きる道があると。

 そういう話を聞いたときに、耳に違和感を感じた。

 昨日感じた「下半身の再生」ほどじゃないが、クロエがなにかのだろうか。

 妙に鋭敏になった俺の耳は、きっとそので――その会話を聞き逃さなかった。

 秋月さんと都築さんの間で交わされたを。


「ですが、ランクS+のクロエさんを捕らえられるほどの相手でしょう? 対抗できる署員なんて、現職では貴方ぐらいしか――」

クロエかのじょへの大昔からの恩、返しどきっつーことだァな。

 流石に踏み倒せるほど薄情じゃねェよ、こちとら組織の所属なんだから。

 それに――あたしら大人の事情に子供ガキ巻き込んじゃイカンでしょうよ。

 大人は大人らしく、現実見て手駒で最善を打つしかあんめえよ、いくらか命掛けてでもさ」


 クロエを睨む。

 この黒い合法ロリ悪魔は、飄々と視線を受け流している。

 絶対こいつだろ。


「ミスター都築とわたしの相談の結果を提示しようか」


「ひとつめの選択肢。

 きみの本来の肉体の再生が完了したら、わたしは寄生を解く。襲い来る脅威は対策課に任せて、きみは日常に戻って世はこともなし。スーパーパワーは使えなくなるが、代わりに平和が手に入る」


「ふたつめの選択肢。

 きみが対策室のメンバーになる。基本的に戦いは身を守るものになるだろうが、力があればわたしの核を取り戻すことができるかもしれない。わたしはそれを期待したいし、そのために鍛えるのも『対策室』としてはやぶさかではなかろう。

 それに、報酬も結構な額が出る」


 かわいらしい微笑みはさすが悪魔だ。

 詰みが見えているからさあ投了をどうぞ、というような顔。


「その選択肢、俺が入ることで目はあるのか?

 なあ、悪魔っ娘クロエ


 大人たちは少し苦い顔をした。さっきの盗聴を察したのだろう。

 クロエだけが、にやにやと満足げな微笑みを崩さない。


「イエスだ。きみの創造したスーツには欠陥も多いが――きみの性質と性格と趣味嗜好は、わたしの力をわたし以上にふるえる可能性を秘めている。

 ゆえにこれは――だ」

 

 クロエの力を、彼女以上に――その言葉に大人三人の反応がうっすらと感じられる。

 都築さんは懐疑、秋月さんは期待、久郷さんは驚きと、三者三様だった。


 俺の力で状況を変えられる可能性があると。

 いまのままじゃ、都築さんのような大人が、命を懸けないといけない状況で。


 なるほどね。見透かされている。

 最初からこいつは俺と趣味が合っていたのだから、そりゃ当然よく知っているだろう。 ヒーロー願望なんて中二病を今もどこか引きずってるヤツが何を言われてどれを選ぶか、ぐらいは。


「やります。俺は――何をすればいいですか」


 "一般人"と"特別"の選択肢おそろしいギフトを授けてくださった、黒い合法ロリあくまをひと睨みだけして――俺は屈することにした。


 さよなら平和、こんにちは悪魔。

 そして改めて。

 はじめよう――ヒーロー。

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