第1話 - ボーイ ミーツ 合法ロリ
起きた場所は自室のベッドだった。
さっきのはリアルな夢だったんだろうか。
下半身が空っぽな感じも、どうしようもない激痛の感触も、
体の中に侵入される気味の悪い感触も、ぜんぶ覚えてるんだけどな。
明晰夢というやつか、それとも実際の出来事か。
判明するのはすぐだった。
首をひねって時計を見た視界に映りこんだもののせいだ。
黒い巨大なドリル(状のポニーテール)が揺れている。
昨日と違って彼女は半透明ではなくなっていた。
とりあえず はなす>ドリル を試みる。
「何してんだおまえ」
「読書」
彼女――クロエと言ったか――は探し物をするようなポーズで
地面に四つん這いになっていた。
視線の先には4冊の本が扇状に広げられており、
それぞれ手も触れていないのにどんどんめくられていく。
よく見ると、目玉に蝙蝠の翼と鳥の足だけを生やしたような、
ややキモいモンスターが本のわきにいて、そいつがページをめくっていた。
目玉くんたちの翼と足は光を吸収しているのか、うろのように見える黒。
俺の体に「侵入」して「作り直した」モノと同じ不自然な黒さ。
昨日のファンタジーで特撮な光景を思い出す。
昨日のことについて聞きたい気持ちはあったが、
クロエも集中しているようだし、さっきから体は空腹を訴えてくる。
先に朝飯でも作るとしよう。
「おわっ――」
ガタガタッ!と音を立てて転んでしまった。
足のバランスがおかしい。
「ああ、ごめん。体の実体化と使い魔たちを造るのに、
右足に使っているパーツを少し借りているよ」
右足に使っているパーツ。
見ると確かに、右足が部分的に抉られたようなおかしなシルエットになっている。
否が応にも認めないといけないようだ。
昨日の件、人狼も、変身も、全部現実らしい。
オーケー、落ち着こう。
だいたい空腹じゃ回る頭も回らない。
ため息を一つついて、朝飯を作る作業に戻る。
トースターにパンを……とりあえずふたつ放り込んだ。
その間に目玉焼きをこれも二つ作っておき、適当にウインナーでも焼いておく。
野菜はコンビニのカット野菜を広げてドレッシング。手軽だ。
割高だけど、使いきれないで腐らせることがある俺にはロスが少なくていい。
焼けたトーストが熱いうちにバターを塗って、目玉焼きを乗せる。
わりとポピュラーだとは思うが、俺はとあるゲームで覚えた食べ方だ。
プリ○セスクラ○ンという往年の名作。
上品に食べるヒロインがかわいくて、食事がいちいち旨そうなんだ。
料理ができるとは正直言えない俺だが、
美味いものを食べたい気持ちはあるので簡単レシピだけは取り揃えている。
マンガやアニメやゲームの登場レシピが多いのはご愛敬だ。
朝食が出来上がったので、皿を運びながらクロエを食卓に呼ぶ。
「あー……わたしに物理的な食事はあまり意味がないのだけれど……。
まあいいか、いただくとしよう」
簡単調理の朝食を並べていく。
目玉焼きの乗ったパンの皿を置いたところで、
クロエはなぜか、心なしか嬉しそうに目をまんまるにしている。
「「いただきます」」
あ、そこはちゃんと言うんだ……と思いながらパンをかじる。
塩コショウの効いた卵の白身部分だけを狙って一口。
クロエも一口目に挑戦しているところだった。
「ふむ、コショウの香りも強くてなかなかいいね。
それにマーガリンでなくバターか。こちらも香りがとてもいい」
お手軽レシピは味付けとスパイスの工夫で化けやすいのだ。
ちなみにコショウはミルで粗びきにすることにしている。
「あ、黄身すぐやぶるとこぼれるぞ」
俺としては、乗せる卵は断じて半熟しか認めていない。
とろとろの黄身から卵の香りがするのが大好きだからだ。
だが半熟には欠点もある。
黄身を一口で覆うように食べないと、こぼれて悲惨なことになるのだ。
端を割って黄身をちょっとづつ出しつつ食べるのもありだ。
クロエは後者を選んだ模様。かしこい。
「察してくれたか」
「持ち運び用なわけだから半熟ではないのかもしれない。
しかし二口目に卵の部分をまるっと食べていたし、
どちらとも言い難いかも……」
そういえばそうだ、おべ○とパンだもんな――って。
元ネタを看破されていた。
「なんで知ってんだ幼女」
「こう見えても年長なものでね、合法ロリというやつだ」
「自分で言うかそれ」
「ちなみに1200歳を少し過ぎたところだ」
「まじかよ」
明らかに人外な年齢はもう予想通りなので驚きはしなかったが、
どちらかというとオタク知識に驚かされっぱなしである。
両親がゲーマー、姉が腐女子、兄がオタクの俺のネタに、
やすやすとついてくる幼女(1200)という状況だそうだ。ワケがわからん。
意外とおいしそうに食べてくれているのを見て、
雑談を切り出す。コミュニケーション重視で、お行儀はこの際後回しだ。
「"物理的な食事はあまり意味がない"って……。
やっぱ人間じゃないんだよな、お前」
「ああ、ありていにいえば悪魔みたいなものさ」
これは神聖なものではないだろう、とは思っていた。
明るい場所にいるネコの目のように瞳孔が細まった瞳。
誘惑されているような感覚さえ覚える、血のように真っ赤な眼だった。
変身の時点で思ってはいたんだ、これは悪魔の契約かもしれないと。
「驚かないんだね。まあ、ファンタジーの蔵書が多かったしそういうものか」
「ちょい待て、本棚チェックすんな」
「それはそれでやむにやまれぬ理由もあるんだ、落ち着いておくれ。
わたしは
彼らは夢そのものを食べる種だが、亜種であるわたしの食性はさらに厄介なんだ」
「こっちこそが、わたしにとっての朝食なのさ」
そういって自分が読んでいた一冊を持ち上げて見せる。
ページの隅が赤黒く染まっている、少し分厚い一冊の本。
ぱりぱりに乾いているが、なぜかページはくっついていない。
そう、一度は俺の顔面に突き刺さって光を奪った、あの一冊だった。
「わたしは、ヒトの空想をこそ食べる夢魔。
いま食べ終えたあのパンは、確かに味覚的には美味しいと思うのだけれど。
想像してごらん、味はあってもお腹が決して膨れない食べ物を」
なるほど、ありがたみは全然違うということか。
満足感はあっても満腹感がないなら、
実際の空腹の相手には蛇足なことをしたのかもしれない。
「いや、気に病むことはない。
なぜなら先に読ませてもらったからね」
そう言ってさっきの一冊を持ち上げてひらひらと見せる。
書籍化されたWeb投稿小説。
65Pもの加筆ページは書籍版のみの公開なので買うしかないなと、
発売日の一冊を書店特典つき初版で入手した帰りに巻き込まれたのだ。
「発売日は昨日だし、まだ読んでいないんだろう?
所有者のきみに断りもなく先に読ませてもらったのは謝ろう。
加筆部分がどうしても待ちきれなかったものでね。
おかげで少しはお腹が膨れた。
満腹には程遠いけれど、落ち着くには十分だ。
わたしも人心地ついたというものだ」
いや「人」ごこちってお前悪魔なんだろが。
――というのは無粋かもしれないので飲み込んだ。
俺も同じ気持ちでとりあえず食事を作って食べているわけだから。
ふだんの食事に戻って人心地がついたという感じはよくわかる。
俺がいま食べ終わったパンは、あえて日常でよく作っている食事を選んだ。
きっとそれと同じで、戻ってきた実感を得るための無意識の儀式なのだろう。
けれど今は、安心するよりもむしろ、あえて非日常に踏み込むべき場面だ。
少しマジメな顔を作って、クロエに向き合う。
「説明してほしい、という顔だね」
「当然だろ、オタク幼女が首だけですっ飛んできて死にかけたら、
かわりにダークヒーローにしてくれました!
って、イマドキのラノベタイトルにしても意味不明すぎるわ」
「本当に、巻き込んでしまっただけさ」
「ゆえあってわたしの力は敵に奪われていてね。
力の核をあちらに残し、逃がしたのは
残る自分の魔力では、見た目通りの幼女くらいの力しか出せはしない。
すこし死ににくい程度しか取柄はない」
首だけで生きてて少しって言われてもな。
けど、「雑魚」と呼ぶ相手にやられてたのにはなるほど理由があったわけだ。
「敵はわたしに執着している。だから追手を差し向けた。
人間程度しか力のないわたしを、
動けなくなるまで痛めつけて封印でもして、
無理やり連れ帰ろうという感じでね」
誘拐されそうだった幼女を助けたわけか俺。
まあ、合法ロリ(1200)なだけなので真の意味では幼女ではない。
「きみに寄生したのにも理由がある。
わたしの力は”再現”だ。ありていに言えば具現化能力。
想像が及ぶ限りの現象は、わたしが信じる限り実現させられる」
変身をしたとき――彼女のセリフを思い出す。
「ヒーローの変身にはお約束の口上が必要だと信じているだろう?
きみがそう信じる限り、必要になるとも」
「俺をヒーローにしたのは、その力?」
「ああ。能力にすこし手を加えてきみに貸している状態だ」
作り出された下半身も、つまり寄生した彼女の力か。
ヒーローにありがちな「どうして俺なのか」の設定は、
ちょっと残念なくらいに「たまたま」と結論づけられた。
中二病設定だったらもうちょっと気が利いててもよくない?
誰かの息子とか、選ばれし人間とか。
まあ、巻き込まれ系のはじまりは、だいたいそういうものだよな。
最近読んでるものに影響されたのか、
のっけからチートという流れに期待しすぎた気がする。
「ただわたしは『創造する』ということが致命的なまでに苦手でね。
"ユメを食べる種"と定義された夢魔ゆえに、
そのようにできているのだろうけれど。
わたしにとっての食料は、わたしにだけは創れない。
わたしのチカラの源泉は、わたしにだけは創れない。
わたしの強大な武器さえ、わたしにだけは創れない。
だからわたしは
創り手たる人間に最大限の尊敬と感謝を禁じ得ないのさ」
尊敬と感謝。
俺たちがごはんの前に「いただきます」というようなものだろうか。
あるいは、クリスチャンが食事の前のお祈りをするような。
日々の糧に感謝を。それは悪魔というには敬虔で善良な行いなのでは。
「選択肢もなく痛みを与えたことは深くお詫びしよう。
けれどわたしとしては、きみに寄生できたのは僥倖だ。
わたし一人なら、追手に連れ戻されて封印されていただろうし――」
寄生って連発されるとちょっと背筋が嫌な感じになる。
けど、俺があの偶然の事故に遭ったことでクロエが救われたなら、
そんなに悪い気はしないかもしれない。
あの激痛だけは二度と味わいたくないけれど。
「わたしの魔力や術式の強度はそれこそ魔王にも匹敵する。
しかし、言うなれば燃料のないエンジンのようなものでね。
あれだけの強度の妄想は、自由に生み出せるのならば燃料たりえる。
きみが創作を行うものであることは僥倖だった
これからも追手が来るだろうが、きみとなら乗り切れるだろうさ」
魔王ときたか。
俺は変身ヒーローなのにずいぶんとまあ、ファンタジーだ。
……ん? ちょっと待てよ、今なんつった。
「第二波とか、そういうのが来ちゃうわけ?」
「……おそらくは」
「となると、クロエと一緒にいる俺が?」
「戦うことになるね。
少なくともわたしの力がある程度戻るくらいまでは」
なるほどー……じゃねえよ、やべえじゃん。
いつになったら戻るんだよ。
「力の核は敵の手にあるから、ざっと500年ぐらい」
「それもう生きてねーからな俺……。
じゃあ、敵の手におちたお姫様(本体)を取り返すのは?」
「相手は手勢が多いからね、昨日みたいに、
戦闘後に倒れてしまうようでは即ゲームオーバーだ」
「――あ」
その言葉で、一つとんでもないことを思い出した。
ヒーローは何かに耐えながら何かと引き換えに強さを得るもの。
スーパーパワーと引き換えに毒素が体に回ったり、
暴走を抑え込むのに苦労したり。
「俺のスーツ……設定上、ものすごい欠陥がある」
「――なに?」
「連戦に、とことん向かない」
「三分間だけの巨大ヒーローよろしく、制限時間でもあるのかい?」
「パワーの発動条件が、俺の血の消費」
つまり、戦闘後に俺が意識を失ったのは、ただの貧血で。
中二病スーツをかっこよく説明するために俺がつけた主人公への枷。
設定のせいだというわけだ。
「道理であれっぽっちの魔力にしては効果が大きすぎたわけだ。
何か制約はあるとは思ったが……。
まあ、対策もなくはない。一応こちらにも味方がいるから頼るとしよう」
がちゃり。
俺の部屋のドアが開く。
「思ったより早かったな。
わたしの身内の到着のようだ」
くたびれた雰囲気のオッサンが、部下らしき二人を従えていた。
デキる女という感じの風貌の眼鏡の女性と、威圧感のある大柄の男をつれている。
「身内」を確認したクロエは、場にいる全員に向けて一言。
「説明すべき人間が出そろったところで、報告と紹介といこう。
ここにいる人間は全員味方だから安心してくれたまえ」
いっこだけツッコんでいい?
肝心のお前が人間じゃねーだろ、敵かよ。
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