ダークヒーロー フロム 黒歴史

Mitz

プロローグ-オリジンは黒歴史とともに


 隕石に当たる確率は、宝くじに当たる確率と似たようなものらしい。


 ガチャの沼に足を突っ込んだときの経験や、

 昔のMMORPGにありがちな、やたら渋いレアドロップ率と比べたら、

 現在進行形で俺の身に起きている飛来物事件は、どのくらいの確率なのだろう。


 小説投稿サイトのお気に入りの作品が単行本化した。

 ただ、それを買いに出ただけだったのに。


 新幹線並のスピードで飛んできた隕石めいた「何か」の勢いは、

 ヒョロい俺の胸にぶつかった程度では微塵も減じることはなかった。

 どころか、俺を巻き込んでカッ飛んでいくワケで。


 勢いは死ななくても、たぶんこのまま俺は死ぬよね。

 つーかこんな衝突で生きてるほうが奇跡じゃん。


 上半身にだけ浮遊感があって、腹から下に熱感。

 下半身は反応レスポンスが完全にお留守。

 多分、腹あたりがR-15くらいになってるんだろう。


 意識はおぼろげ。破片でも受けたのか片目も真っ暗。

 何かブッ刺さっている感じがして、サイズと重さが結構ある。

 買った小説だったらどうしよう。

 死にざまとしてはとても恥ずかしいので、さすがにそうでないことを祈ろう。


 ああ、理不尽だ。こいつはクソゲーに違いない。


 ファミコン時代のゲームじゃねえんだから、高速弾の初見避けは勘弁してくれ。

 残機とかそういうのはないんだよ俺にはさあ。

 ご期待いただく次回作は家のPCで執筆途中だっつの――。


 けれど俺の神様はなかなかに底意地が悪いみたいで、

 痛みばっかり訪れるくせに終わりは一向に訪れない。

 背後が開けた地形なのがよかった――いや、悪かった――のだろう。

 痛みは浮遊感とともに長く長く続いている。


 不意に――不自然に、速度がゆるやかになった。


 飛来物を胸にめりこませたまま、しかし無事に着地。

 意外なほどに衝撃はなく、何かに守られるように俺は意識を残していた。

 胸元にめり込んだものを手に取って確認しようとしてみるものの、

 さすがにダメージが大きかったのだろう、俺の腕が持ち上がることはなかった。


 かわりに――ごろり、と。俺の胸からそれは零れ落ちた。

 球のように少し転がって。

 不自然にきれいに、まっすぐこちらを向いて立つのは――

 幼女といっていいサイズの、ヒトの頭部。


「ひっ……!?」


 さすがに、この欠損はショッキングすぎる。

 あまり見せられないし当面トラウマになりそうな絵ヅラじゃないか。

 俺にその「当面」があればの話だけど。


 ぱちりと、少女の瞼が開いていった。

 首だけの少女は、そのままやや眠たそうなニヒルな表情を形作った。

 猫のように瞳孔の細い、ガーネットめいた紅い瞳が印象的だ。


「ああ――すまない、巻き込んでしまったようだね。」


 びっくりするほど落ち着いた声。

 「巻き込んだ」というセリフに反論したい気持ちはあったが、

 混乱のせいでできなかった。言葉を失ったとも言う。


「お詫びになるかは怪しいけれど、きみの命を助けたいと思う。

 少しの間、痛みを我慢してもらう必要があるけれど……。

 細かい説明はあとでするから――」


「ちょっと君、わたしの代わりにヒーローをやってくれないかな?」


 少女のアタマが、

 蝙蝠のような無数の黒いシルエットに分かれ、わさわさと飛び立つ。

 それらは空中で解けて繋がり、どんどんカタチを変えていく。

 形は違うのだが、まるでオペ室の機械みたいだと、なぜか感じた。

 細長く伸びてきた触手のようなパーツが、

 光を失った俺の右目から、何かを


 ラノベよりも二回りほど大きく分厚い本。やっぱりか。

 あーあ血まみれじゃん、書籍版の加筆部分まだ読んでないんだけどな。

 けどまあ、これでそのまま死んでなくてよかったよ。

 ニュースにでもなったら作者さんに申し訳ないじゃないか。

 痛みや命の心配よりも先にそんなことを思う思考は、明らかにどうかしていた。


 混乱した思考は、痛みが一瞬で断ち切った。

 ぐちゅり、と――脳に響く嫌な音と目の奥の痛み。


 忘れかけていた生命活動を思い出させるような痛み。

 ぐちゅぐちゅと骨を通して聞こえる音はなかなかにグロい。

 直接見えないのは幸いだったのかもしれない。


「うあ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 俺の意志とは無関係に、激痛が口から悲鳴を絞り出していく。

 その間にも痛みは目の奥を経て頭のほうまで掘り進んでいく。

 やられる俺はたまったものじゃない――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――


 いたい――あ、れ……?


 ぎゅるん、と。

 唐突に痛みが治まると同時、眼球が反転する感触。

 絵にすればきっと、たいそう気持ち悪い光景だったろう。


 ゆっくりと。

 右目が、失われたはずの右半分を映しだす。


 続けて右の眼球から首へ。

 さっきみたいに何かが広がる激痛。

 背中を貫き下に降りていく痛み。


 発狂しそうな痛みは、空白になっていた下半身に広がる。

 痛みの強さは、欠けている場所を通るたびハネ上がる。

 腰、腿、膝、脛、足首、足先――今度は視界の中で起きた現象だった。

 焼けるような痛みとともに、闇色が体内から生えだし、俺の下半身をかたどった。


 なるほどこの感覚は「の痛み」なのだろう、と直感する。

 神経を、筋肉を、新たに作り直すような成長痛。


「接続。復元、完了だ。

 わたしはクロエ。君は?」

「カズヤ――鎧塚、一矢」

「ヨロイヅカ、カズヤ――うん、いい響きだ。

 まるでラノベの主人公みたいじゃないか」


 声が聞こえた。今度は頭のなかでなく、右肩の上から。

 セリフは場面に似合わない呑気なものだった気がするが。


 さっきの少女――首だけだったあの少女。

 いまはゴスロリっぽい首から下を持っている。

 その体は透き通るように、というか文字通り透けていた。

 まるでホログラフか何かのように。

 これは憑依とかそういうやつだろうか。


「さて、治療が手荒だったことはあとで謝るとして、

 ひとまず目の前の危機を脱しよう」


 轟音をともなって、眼前10メートル程度の場所に何かが落下した。

 落下の衝撃をものともせず「それ」は力強く着地をキメた。


 銀の狼の上半身。人狼ウェアウルフという奴だろうか。

 下半身はズボンなところが少し人間臭い。

 その姿からは大好きな格ゲーのキャラクターが連想された。

 ただ、見慣れたゲームの人狼とはややシルエットが違っている。


 アメコミ的なド逆三角形のデフォルメ具合は、現実に見ると圧がとんでもない。

 あれが正義の味方ヒーローだろうと悪役ヴィランだろうと、

 どちらにせよスーパーパワーを備えたモノであることは間違いなさそうだ。

 地面が波打つように揺れ蜘蛛の巣のように割れるほどの衝撃の中、

 片膝・片手を地につけた状態で、華麗に力強く地面に降り立ったのだから。


「見事な三点スーパーヒーロー着地だったよねえ。

 アレ、元ネタは日本の作品だって知っているかい?」

「いや敵なんだろアレ!?

 雑談してる場合じゃねーからな!?」


 さっきは「ヒーローになってくれ」とか言った割に、

 あんなものに対抗できるスーパーパワーはまだ使えそうな気配がない。

 着地の衝撃から立ち上がった人狼がこちらに視線をよこす。

 しかしあくまで泰然とした余裕を持って、半透明の幼女は話を続ける。


「ねえきみ、ヒーローにあこがれたことは?」

「あるよ。子供向け>特撮>マンガ>アメコミ>ゲーム。

 当たり前みたいに全部通ってきたかんな」

「よろしい。右目に刺さっていた一冊を見て、もしかしてと思ったけれど。

 やっぱりわたしのチカラに適正がありそうだ。

 では次。ヒーローになる妄想をしたことは?」

「もちろん。

 中二病は現役って自覚もある、流行らないモノ書きのはしくれだ」

「ふむ……もしかしたら大当たりかもしれない。

 じゃあ――君の妄想の中で最も強いヒーローを思い出しておくれ。

 強く、強く、思い描いておくれ。

 あとはわたしが何とかしよう、大船に乗ったつもりで任せたまえ」


 よくわからない要求内容。

 いぶかしみながらも言われるがまま素直に従う自分も大概だなと思いつつ、

 ラノベ脳とモノ書き脳を駆使して思いっきりイメージを広げていく。


 今さっき「作り直された」下半身と瞳がじくりと痛む。

 見ると、そこから闇色が体中を覆っていった。

 すっぽり前身が黒く覆われたところで、クロエの声がつづきを紡ぐ。


「準備ができた――かっこよくどうぞ、変身の言葉を」

「は? 変身ワードまで必要なの?」


「ヒーローの変身にはお約束の口上が必要だとだろう?

 がそう信じる限り、必要になるとも」


 少女の瞳はルビーみたいな紅色。耳はいわゆるエルフ耳。

 大きな黒いポニーテールがドリルのように巻いている。

 どうみても悪魔の類に見える幼女が、ギフトをくれるという話。

 俺の中二病の妄想ダークヒーローのオリジンとしては、悪魔との契約は


「チカラがほしいなら、かわりにわたしに想像を、創造をおくれ。

 きみの中にあるそれを、ある程度ならば具現化するとも。

 弱まっているわたしの力を補強するには、

 きみにんげんの想像力は恰好の骨格だから」


「さあ。きみのオリジンはいま、ここだ」


 オリジン。アメコミの用語。

 ヒーローが、ヒーローになったそのエピソード。


「さあ。きみの口上はシンプルかい?ユニークかい?」


 変化球でいくなら前口上がいいというのが俺の持論だ。

 だから変身それ自体は、今もなおいくつものヒーローたちに使われる、一言。


「さあ。お約束の口上を述べたまえ」

「……変身」


 全身を覆った闇色は、ディテールを密にしてスーツとして凝固する。

 クロエの瞳のような、昏い紅色の光のライン――灯が、ともった。

 蝙蝠の翼めいたシルエットも定番の、真っ黒なダークヒーローに。


「きみのイメージは実現する。思う通りに戦いを」

「了解――」


 神経に焼き付いている痛みを我慢しながら、体を動かす。

 ただ少し強く、地面を踏みきった。


 蜘蛛の巣のようなヒビをコンクリートの地面に残しながら、

 10メートル以上もの高さへと飛翔。

 浮遊感に軽く身がすくむ。


「ほう? 消費魔力がこれっぽっちでこの跳躍。

 とんでもない魔力の現象変換効率――。

 は十分……くく……うふふふ! これはすばらしい。

 "なまの想像力"がこれほどにわたしの能力と相性がいいとは!」

「わかるように言ってくれませんかねえ!?」

「気にしなくていいさ、独り言だよ。

 今の君なら、わたしの助言など必要ないだろう。

 あの程度の雑魚なら、赤子のようにあしらえるだろうさ」

「生首でカッ飛んできたのはどなたさまだよ――っと」


 着想はとある格ゲーから。

 背中のシルエットが分解し、機械的なディテールを形成。


「すげえ、マジでイメージ通り」


 複雑な練習もなく、昔から思い描いてた通りの、

 いや、それどころか「思っていた以上」の重量感ある圧倒的なディテール。

 直感的操作で追加パーツ完成。お手軽にもほどがある。


「ディテールはわたしが補っておいた。

 ダークス○ーカー的なアレで合っているよね?」


 大正解。なんで知ってんだよ幼女。見た目通りのトシじゃなさそうだ。

 生成されたジェットスラスターに魔力ダーク○ォースで点火するイメージ。


 横向きに飛翔するように、肘に生やした影の刃を叩きこむ。

 控えめな紅の残光とともに人狼の脇腹をすり抜ける。


 嫌な感触は一瞬。

 鮮血とともに散る銀の長毛。


「魔力量から見当はついていたが、やはりレプリカにすぎない使い魔か。

 今の斬撃は大したものだが、真の幻想存在ならあのくらいは止めるだろう」


 中二ワードのオンパレードだがクロエの声色はいたってシリアス。

 今の光景だってまさにゲームのワンシーンのようだし、入り込まなきゃ損か。

 さすがに負けて連コインはできないだろうしな。


「オリジナルだって当然あるんだろう?

 ぜひ見てみたいと思うのだけれど」


 もちろん。

 さっきのはデモンストレーション。

 妄想の中で使ったことはたくさんあれど、模倣オマージュだ。

 フィニッシュブローは当然別にあるオリジナル


「どうせアレは魔力で合成された人形みたいな使い魔だ。

 倒れれば魔力に戻るし、命や心は持っていない。

 罪悪感などかなぐり捨てて、思いっきりいくといい」

「じゃあ超必殺技といきますか。

 フェイタリティとかDestroy!的な勢いでさ」


 最初、妄想は模倣から始まった。

 だれかにもらった感動をだれかに伝えたくて。

 いつしかそれらの模倣はない交ぜとなって、自作オリジナルを形作る。

 子供の頃に、今でいう中二病を発症しだした俺が初めて名前をつけた技。


 全身から血の色をしたラインがほとばしる。

 紅い力は全身をめぐり脈打つように。

 両肘の刃が、脈打つ力を受け止めるように。

 限界まで溜めた力を右腕から縦に、次に左腕を横なぎに振るう。

 血色の光がクロスを描き、視界を紅く閉ざしていく。


 血色の終焉ブラッディ・デッドエンド


 これは、妄想を武器に戦うヒーローの黒歴史ものがたり

 これは、三流でしかない物書きヒーロー賛意オマージュ

 これは、いずれ彼にの唯一無二オリジナルへと至る物語。


 ――ぼくのかんがえた、さいきょうの――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る