#8 核に関わる者

 コテージの向こうでは、雨が降り続いていた。

 あの時、私の最後の出航のときの雨は、激しい土砂降りだったけれど、今日の雨はそれとは似つかない、おだやかな雨だ。

 深い緑色をした庭の芝と樹木たちに、潤いを与える南国の雨。これがすめばまた、うだるような日差しが戻ってくるだろう。しかし今は、心を癒す雨だ。私は口を閉ざしたかつての部下の横顔を見た。


 もう一服、葉巻を私は吸う。

 胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。全身からゆっくりと力が抜けていく。良いことだ。

 「水兵たちは、もう持たないのかね?

 それとも君が、彼らに弾道ミサイル原潜の意味を信じさせられないのかね?」

 私は問うた。

 「艦長キャプテン」彼は私を見て、言った。「その意味を信じるには、弾道ミサイルとはあまりに強力で、あまりに危険です」

 私はうなずく。

 そして、リクライニングシートを立つと、窓辺に向かって歩いた。

 「ハンター君」私は窓の外を見ながら言った。窓の外には、真珠湾が見下ろせる。かつての私のボート。いまは彼のものである合衆国潜水艦『USSアラバマ』が、そこで補給を行っているはずだ。

 「私がなぜ、君を艦長に推したか、言ったことがなかったな」

 私は始めて、彼にそのことを告げる気になった。

 「君が、そういう男だからだ。君が、弾道核ミサイルに、常に意義を求めるからだ。核兵器に関わるものの多くは、核に魅入られる。核と自分にしかるべき距離を見つけることができずに、あるものはただ、マシーンのように操作盤に向かい自分の意思を捨ててしまう。そしてまたあるものは核そのものの魅力に逆らうことができずに、魂を病む。

 だが君は―――。

 そのどちらでもなかった。君は核を必要あれば発射することのできる兵器と見なし、また常にその必要さの妥当性を自己確認できるからだ。

 君が言うとおり、時代は混迷を極めている。核の存在を肯定し続けることも難しい。しかしそれとは別に、核の存在がこの世界を安定させているのもまた事実なのだ。核があるからこそ、世界は滅亡を回避し続けられる」

 そう。それはとても皮肉な事実だ。

 「弾道ミサイル原潜の住人は、平和の番人なのだよ、ハンター君。忘れないでくれ。私は最後の航海で、『唯ひとつの目的のために。我々の祖国を守るためだ。』と言った。いまそれを訂正しよう。君がこの港を出てゆく目的は、我々の祖国を守るためだけではない。世界の平和を維持し続けるためでもあるのだ」

 振り向くと、ハンターはこちらを見ていた。彼は黙って葉巻を口にくわえ、スパスパと消えかかった葉巻にふたたび火をともした。

 「キャプテンはいつも、立派な演説をなさる」と彼は言った。「男に、男でいる理由を与えてくださる」

 「買いかぶりだよ。恫喝以外にも芸のあるところを見せねばな」

 我々は、久しぶりに笑いあった。

 世界は少なくともまだ、平和であった。

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