#7 ポスト冷戦


 そう。

 冷戦構造が崩壊し、それを前提として設計されていた核兵器は、無調の長物と化しつつある。

 しかし、それでもアメリカには、圧倒的軍事力を背景とした世界の平和バランスを維持するという機能が、好むと好まざるとにかかわらず課されているのだ。


 「我々のボートが、」と私は口を開く。「存在し、ドックから海へ出てゆくという事実こそが、もっとも重要なのだ」

 「ええ、わかります」

 「我々のボートは世界のどこの海に潜むか知れず、世界中の核保有国の首都や核サイロをそのターゲットにしている、という仮定を世界に示すこと。それが我々弾道ミサイル原子力潜水艦に課せられた使命だ」

 「でも、それは虚勢ブラフであってはならない」

 「そうだ。いざという時がくれば、我々はためらいの吐息を漏らすことなく、ミサイルの発射ボタンを押す。君だってその覚悟があるだろう?」

 「もちろんです。だからこそ私は何年も、半年間海に出て、戦争史上最強の火器を抱えたまま息を詰めて潜り続けている」

 畳み掛けるように交わされたやり取りは、我々弾道ミサイルに関わる者が脳裏で常に描き続けるお決まりの台詞だ。


 「でも?」、と私は口に出してみた。

交わした言葉の裏で、この現役の艦長が苦悩している気配を感じていた。

 「そうです。キャプテン。でも、なんです。

 ソ連や、ロシア。名前は何でもいい。あの北の国々がいた時には。我々の任務にもリアリティがあった。いつか、何かのきっかけであの者どもが気を違えたとき、我々は確かに国防の最前線であり、最後端でした。やらなければ、やられる。それが水兵たちひとりひとりにリアルに信じられていた。

 でも、ロシアとの緊張関係が緩和し、中東や中南米の狂人達が老いたり、死んだりして、世界は徐々に静かになってきた。もちろん世界のあちこちでは未だに戦争は止まることがない。でもそれは、マシンガンやライフルで戦われる戦争です。あるいは、巡航ミサイルと人工衛星が主役となるべき戦争だ」

 「弾道ミサイル原潜の役目は終わったと?」

 「終わったとは言いません。しかし少なくとも、冷戦時代の頃のような、存在に対しての必然性は薄れた。

 そして――――」彼はそこで口を閉ざした。

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