過去と現代

#6 21世紀の核戦略

 「確かに、仮想敵国という概念は形骸化し、また核を使った都市攻撃という戦略は、机上の空論だと言える」

 私は認めた。

 ハンターは咳き込むように言った。

 「現代の戦争というゲームのプレイヤーは、我々の想定を超えたところにいます。アフリカの野蛮な民兵だったり。爆弾を腹に抱えたアラブの未亡人だったり。我々自身も建国以来始めて、自国の国土を、しかも文化・経済の心臓部を直に攻撃された。それも軍事機器による攻撃ではなく、ハイジャックされた民間の航空機によってです! サダムの街を攻撃した時だって、軍役の誰もが想像もし得ないものを見た。覚えてますよね? CNNのテレビ・カメラがバグダッドのホテルから、対地攻撃の様子をライブ放送したんですよ。あの後の、サダムの遁走や大量破壊兵器の未発見という政治的醜態を思えば、バグダッドに戦略核攻撃を行うというプランだってありえた。でも、あそこにTVカメラがいては―――。たった数名のピューリッツァ賞に飢えた命知らずのプレスのせいで、戦争の形は大幅にゆがめられた。

 中国がティベットに攻め込んだとき、中国はメディアを抑え、一切の情報漏洩を断った。でも彼らにできなかったのは、トゥィッターによる、ティベット人自身の実況中継だった。そのときも戦争は姿を変えた。

 通信手段は、核兵器を無力化し、戦争の形をどんどん変化させている。でも、ボスニアの民族紛争では、民族浄化という旧世紀の概念を使って戦争を始め、相変わらず征服者は敗走者の婦女子を犯し続けている」


 彼の手には、吸ってもらえない葉巻が、ただ、紫煙を上げ続けていた。


 「艦長キャプテン。戦争の本質は確かに何ひとつ変わっていないのかもしれない。紀元前からずっと変わらず、戦争とは、愚劣で醜悪です。その本質は変わらないけれど、その姿はどんどん変わってきている。第二次大戦末期、日本海軍は制海権の切り札として、世界最大の戦艦を作りました。でもその姉妹艦はどちらも、我々の海軍航空兵力によってあっさりと沈められた。そして冷戦時、今度は我々自身が世界を必要以上に焼き尽くせる量の核兵器を開発し、いまその使い道のなさに途方にくれている。違いますか?」

 黒い肌の中に、ギラリとした白目が輝く。


 自分自身が現役の海軍大佐キャプテンにして、同時に合衆国潜水艦の艦長キャプテンであるロン・ハンターは、自分の中で答えの出ている質問を、私に問うていた。

 しかしそれは、長い潜水艦暮らしの中で、すべての艦長キャプテンが胸に抱く疑問だ。私は部屋の空気の中に、彼の言霊が霧散するのを、じっと待ち続けた。震えた空気はやがて静まり、ハンター自身の惑いや疑問が、静かに落ち着いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る