#5 「あの日」のこと
ロシアで極右政治家の反乱騒ぎがあり、ウラディオストークの核ミサイル基地が反乱軍により占拠された。
アメリカは世界の治安を維持するため、この内乱の鎮圧に協力した。我等がボート、弾道ミサイル原子力潜水艦『USSアラバマ』は、万が一の事態に備え、この核ミサイル基地を射程に入れて、哨戒のための隠密航海を続けていた。と、ロシアの反乱軍の攻撃型潜水艦に発見され、魚雷戦となった。辛くも敵艦を破壊し、窮地を脱したものの、海軍司令部からの攻撃命令の入電を受信すべき通信機を破損し、正確な命令を確認できない状況に陥った。
我々が最後に聞いていたのは、狂信的ロシア人の政治家の扇動演説であり、その中で彼は明確に、我が故郷への先制核攻撃を叫んでいた。
私は、合衆国海軍軍人の責務として、また、ひとりのアメリカ人として、故郷を守るために我が艦の弾道核ミサイルの発射を主張した。しかしこのハーバード出の黒人の
狭く、海中の密室である我が艦内はそのとき、艦長である私につくものと、副長である彼につくものに二分され、艦橋内で双方が銃口を向け合う騒ぎとなった。核ミサイルの発射キーを渡さぬ彼を、私は拳で殴りつけ、彼は鼻血を流したまま、直立不動で私をにらみ続けた。そして、艦の通信機能が復帰した。
ロシアの反乱は鎮圧され、ウラディオストークの核ミサイル基地の治安は保たれていた。
我々は、発射義務から解放されていた。
私は首から下げた艦のメイン・キーを彼に預け、自室へと去った。
帰投後、開廷された真珠湾の太平洋艦隊司令部の軍事法廷。我々は両者痛み分けの無罪放免となり、私は軍役を退いた。その私を、この副長は常に気にかけ、声をかけてくれる。
1995年、ベーリング海の海の底で、世界の命運を争って銃口を向け合った、不思議な友だ。
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