核兵器の運用

#3 20世紀の核戦略

 一般には理解されていないようだが、弾道核ミサイルというのはそもそも、ことを前提として設計されている。

 都市の直接破壊攻撃というのは、破壊能力が大きい現代兵器が生み出されて初めて実現できるようになった戦術だ。

 敵国の首都、もしくは要所となる都市を丸ごと、一気に殲滅することは、戦争の戦術としてはかなりインパクトがある。そこにはもちろん、軍人以外の一般民間人を大量に死に至らしめるという問題を抱えざるを得ないものの、泥沼化した戦況を打破し、敵国の戦意を大幅にぐことに対しては、圧倒的な意味を持つ。


 第二次世界大戦で、日本のヒロシマとナガサキに投下されたリトルボーイとファットマンは、その意味で、正しく用いられた最初で最後の戦略核兵器だったということができる。我が軍の圧倒的兵力差にも、自爆攻撃などを敢行し、一向に敗戦を受け入れる気配のなかった日本は、この二発の原子力爆弾を喰らい、一週間と経たずに無条件降伏を迎えた。

 狂信的ファナティックな日本軍の行動履歴から推察するに、彼らは民族を挙げて我が軍を国土に迎え入れ、自分たちの国土内で白兵を行うつもりだったようだ。 

 が、そのようなことになった場合、首都をはじめとする各地で、気の遠くなるような殲滅戦が行われ、それこそ民間人の膨大な死傷者を出すことになったろう。それを、たった二発の原子力爆弾が食い止めた。


 爆弾に自力航行能力のなかった当時は、爆撃機が腹にその厄介な武器を抱えて敵地上空まで飛んでゆく必要があった。が、現代ではこちらの自国内の領土から、そして誰とも知られぬ海中から、自力航空能力のある爆弾を発射することができる。だが、地球の反対側から発射したミサイルを寸分の誤差なく敵地に着弾させることは極めて困難である。

 現代の戦争での主役となりつつある賢い爆弾スマートボムは、航空機のような体裁をし、弾頭にテレビカメラを搭載して、GPS(全地球規模位置把握システム)を駆使した頭脳を持った爆弾であり、これを利用するならば、敵陣内の軍事基地など特定の施設を破壊することが可能になる。しかし航続距離の関係から、ある程度、敵陣の近くまで接近して発射する必要が生まれる。


 それに対して弾道ミサイルとは、圧倒的安全圏から発射され、宇宙ロケットのように一度大気圏を突破し、弾道軌道から敵都市を目指す。弾道ミサイルには弾道軌道へ乗るまでの燃料しか搭載されておらず、あとは軌道計算によってはじき出されたコースに乗って、自由落下するようにできている。その結果、ミサイルは「おおよそ」の目的地しか設定することはできない。

 相手がピンポイントの軍事施設であるなら、それは問題があろう。

 しかし相手が数百万人を擁する都市であるなら話は別だ。その敷地面積は数十マイル平方に及び、そこをすべて破壊しつくせる火力さえあれば、多少の着弾誤差は問題にならない。それがすなわち、弾道ミサイルの目的そのものなわけである。

 適切なタイミングで、適切な目標に向けて大火力による破壊を行えること。これが、現代の戦争を考える上で、欠くことのできない要素となるのである。


 幼稚で牧歌的なマスコミの話を聞いていると、核兵器とは通常兵器に比べて殺傷能力が高く、かつ戦後においても後遺症をずいぶん残す野蛮な武器ということになる。だが、実際のところは「安全圏から発射可能」「都市を丸ごと破壊」「戦意喪失」の3つの要素を実現することのできる唯一の戦略的兵器なのである。

 核、ということにだけ焦点を当てて議論をするよりも、想定された戦争に勝利する有効手段としての議論がどうしても不足している、というのがナイーブな現状だと私は考えている。


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