#2 午後の静かなスコール


 「艦長キャプテン」ハンターは言った。

 大きな背中をまるめ、両手を膝のあいだに組み、長い手足を持て余すように見えた。


 私たちは、私の家のコテージで、のんびりと話しをしていた。私はとっておきの葉巻をくゆらせ。彼は私が煎れた、コナ・コーヒーを飲んでいた。目の前の庭では、やっぱり雨が降っていた。貿易風によって運ばれてきた南風がもたらす、午後の静かなスコール。

 「―――戦争は、あの頃と変わってしまったんです」絞りだすように、ハンターは言った。「水兵たちのモティベーションは下がる一方です」


 私は葉巻をスパスパと吸った。葉巻の先端で紅い炎がチロチロと燃え、芳醇な香りがゆっくりと流れてくる。

 私はその紫煙を、深く、胸に貯めた。

 「やらないのか?」と、葉巻をかかげて、彼に言う。

 彼は苦笑して言う。「健康を考えて葉巻をやらないなんて、ってまた笑うんですね。艦長キャプテン

 「それが君の美徳さ」

 変わってしまった戦争と、変わらない弾道ミサイル原子力潜水艦について、我々はひとしきり、それぞれの胸の中で考えていた。

 真珠湾を見下ろす、オアフ島の私の自宅で。


 ロン・ハンターは私の最後の航海のとき、XO(エクゼキューティブ・オフィサー:副長)としてボートに乗り込んできた、新任のクルーだった。海軍兵学校アナポリスを出てから更にハーバードを卒業した、ハンサムなアフロ・アメリカンのエリートだ。冷静であり、かつ極めて優秀。上官に媚びず、自分の信念で動く男だった。

 我々は軍規の解釈の違いから艦内で騒動を起こし、結果、私は艦長職を解任され、たがいに軍事法廷にまで立つ騒ぎを起こした。法廷では両者を罰せずの判決が下り、私は艦を降り、軍を退役した。メリーランド州アナポリスにある合衆国海軍兵学校を1963年に卒業してから海軍に入り、それから33年。定年を直前に控えての早期退役となった。

 そして私の口利きで、ハンターはXOからキャプテンとなった。合衆国海軍、そのなかでも極めて特殊な任務を帯びる弾道ミサイル原潜を任せてもいいと思える男だった。


 あれから15年。

 あの時の私の年になったハンターは、いまではベテランの艦長だ。噂では海上勤務を終了し、オフィスに入って准将の肩書きを付与される予定であったらしいのだが、彼自身がそれを断ったのだという。もう定年まで幾ばくもない日々をボートの中ですごす覚悟らしい。いかにも彼らしい判断だ。


 私は軍を退いた後は、このハワイの地で、海軍の退役軍人年金と原潜戦術コンサルタントとして、海軍の教育機関の管理職の仕事をしている。仕事といってもこの年だ。単なる名誉職に過ぎない。70になった老人に、最新の原潜の戦術運用など荷が重い。早くに妻と別れた身寄りのない私だ。本土にいる子どもたちとも疎遠になった。私はこうして、時折訪れる後輩たちにささやかな助言を行うこの暮らしを気に入っていた。温暖なこの島で。


 「変わりはしないさ。戦争の本質はいつも同じだ」そういって、彼に水を向けた。

 彼はこちらを向き、ニヤリと笑った。

 「やはりいただけますか? キャプテンのシガー」

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