終章

終章

 八十年。

 人間にとっては長い時間、天使にとってはそうでもない時間。

『透と澄心』の一件で折れたファライラの羽は、天使界に戻るとすぐに病院に運ばれて一瞬で治癒された。

 だが、それ以来ファライラは他人に翼を触られるのに敏感になってしまった……トラウマ、というのだろうか。

 そんなファライラがアーリストと共に、示導界の長・イルチェラに呼び出された。

 イルチェラの執務室に入ると、天使の中でもかなり上の部類の美貌の男性が微笑んでいる。

「二人に頼みたいことがあってね」

「お断りします」

「ファライラ!」

 小さな声でアーリストがたしなめる。

「イルチェラ様の頼みでロクな目に遭ってませんから」

「ふふ、大変といえば大変かなぁ……おいで」

 現れた黄色の光の翼の天使は、二人に向かって深くお辞儀をした。

「示導天使志望の昇格天使だ」

「それならば、一人預かっておりますのでキャパオーバーです」

「そうかい? 二人まとめてみたほうが、この場合はいいんじゃないかな」

 イルチェラの言葉に、ぐっとファライラは言葉を詰まらせる。

 示導天使はペアが基本。

 ならば、パートナーの相性は良いほうが良いに決まっている。

「解りました、お預かりします」

「良かったね、ウェロック」

「ありがとうございます、ファライラ様、アーリスト様」

「ウェロック、敬語と様付けを今度したら蹴り出すからな」



*********************



 可愛らしい歌声が響いている。

 歌声の主は、帰ってきた師匠たちに気付いて歌をやめた。

「お帰り、見て、青に変わったの!」

「ふむ、そこそこ操れるようになったか」

 アルフィナはとても示導天使になれるような能力はないと思われたのだが、その歌声には浄化の力があり、それを活かせないかと修行中なのだ。ちなみにアルフィナが見せたのは疑似瘴気の球で、そのままだと赤黒い色をしている。

「アルフィナ、弟弟子が出来たから、その世話を頼むぞ」

「うん! ……って、え……」

「……澄心」

「透……」

 二人とも、自分が人間であった時の名は忘れたが、相手の名前は覚えている。

「アルフィナ、今日から三日間は取り敢えずウェロックに、天使界のことを教えて下さい。実際に連れて行っても良いです。修行はお休みして、早くウェロックを天使界に馴染ませて下さいね」

「ありがとう、アーリスト、ファライラ」

「私は何も言ってないんだが」

「ファライラ、馬に蹴られる前に本界にお茶でもしに行きませんか」

「……だな」

 もはや相手しか見えていないようなアルフィナとウェロックが、ひしっと抱き合うのを見てファライラは優しげに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の肖像 双樹 沙羅 @sala_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ