「ふふ、ふふふふ」

 女の声が大きくなる。

「澄心……」

 透が力無く呟くと、渦巻く穢れの一部が凝って、女の姿になった。

 白い大きな翼。

 栗色の長い髪。

 可愛らしい顔。

 透が描いた天使の澄心の絵が、立体化したかのような姿。

「澄心……」

 透の目に涙が滲む。

「ごめん、ごめん、澄心」

「ええ、そうね、透」

 穢れから現れた澄心の形をした女が、白い手を透に伸ばす。

使

「澄心」

「良いのよ、許してあげる」

 まるで慈母のような表情で、澄心の姿をした女が透を抱き締める。

 透が目を閉じると、女の表情は禍々しく一変した。

「確かめるまでもないな、第一級戦闘接触、体を現界げんかいする!」

 通常、力の塊である天使は人間界のものに触れられないし、人間界のものからは見えない。現界することによって、姿を見せることが出来るのだ。

 ファライラに続いて、アーリストも現界する。

 眩しい光に透が顔を上げると、光に包まれた翼を持つ天使が武器を構えていた。

「……天使…………」

「しっかりしろ、透! それは澄心ではない!!」

「透、透、助けて、あれに連れていかれたら、私はもう透と一緒にいてあげられないわ」

 可憐な少女の表情で、偽者は透に縋りつく。

 透と偽者が密着しすぎていて、ファライラは切り込むことが出来ない。

「アーリスト」

「ええ」

 天使の武器は基本的には人間を傷つけることはない。だが、穢れた瘴気しょうきが体の内部にまで入り込んでいる今の透では、武器が触れれば無理矢理な瘴気の浄化に痛みを感じてしまうだろう。

「とにかく、隙を作れば良いのですよね」

 綾月姫を構え、アーリストは光の矢をつがえる。

 微妙な力の加減をし、アーリストは偽者に向けて矢を放った。

「きゃあああああああああ!」

 透に縋りついていた偽者の柔らかそうな腕に、矢が突き立つ。

 突き立った矢が霧散すると、紅い血が噴きあがった。

 一瞬、透から離れた偽者をめがけて、ファライラは切りかかる。

「……調子に乗るんじゃないわよ」

 偽者がファライラの剣を受け止める。いつの間にか、彼女の手には片刃の剣が握られていた。

「あたしに血を流させたこと、後悔させてあげる」

 飛び散った偽者の血と瘴気が混じりあい、意思を持つ触手のようにファライラを襲う。

「くそっ」

「ファライラ、右へ!」

 アーリストの声に従って右へ避けると、光の矢が触手の頭を貫いた。

 だが、幾つも幾つも触手は生まれてくる。

「アーリスト、とにかくアルフィナを守れ」

「やってます!」

 触手にアルフィナが囚われれば、一瞬で堕とされるか食われる。

 背にアルフィナを庇い、無数に生まれる触手をアーリストは射続けた。

「アーリスト、私もゲンカイっていうの出来ないの? 私が透と話せば……」

「今の透では貴女が本物だとは解りませんよ。とにかく、あの魔性をどうにかしなければ」

 偽者とファライラの戦いは、ファライラのほうが剣技は上なのだが、傷を負わせるほど触手が増えるのでやりにくそうだった。

「澄心……!」

「いたっ」

 透が投げたのだろう中身の入ったペットボトルがファライラの頭に直撃した。

 さすがにクラクラする。

「ありがとう、透」

「っあああああっ!」

 ファライラの肩に偽者の片刃剣が突き立つ。

「ファライラ!」

「大丈夫だ、お前はアルフィナを守ってろ!」

 あまり大丈夫とは言えない痛みだったが、ファライラはアーリストを制した。

 瘴気で出来た剣だったのだろう、ファライラ自身の浄化の気と瘴気が反発しあって痛みが酷い。

「透」

 いつの間にか透の横に戻った偽者が、可愛らしい声で囁く。

「ねえ、あの天使を描いて……翼の折れたあの天使を」

「え?」

「それが、一番の協力だわ」

「あ、ああ」

 透が床に落ちていたスケッチブックと鉛筆を手にした。

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