第二章 もう一人の澄心
1
ファライラとアーリストは示導天使の制服に着替えて、アルフィナを伴って人間界に降りる。
アルフィナに先導される形で、透のアトリエへ向かった。
何やら金持ちの息子らしく、家族と住む家とは別の建物が与えられているそうだ。
「あ、あそこよ」
アルフィナの指差した家を見て、ファライラは思わず腰の宝石に手をやった――そこには、有事の際に使う武器が収められている。
アルフィナは気付いていないようだが、透のアトリエだという建物はどす黒いモノに覆われている。
アルフィナ――澄心を失った悲しみだけではない、何かがある。
「どういうことだ、アーリスト」
「私に言われましても。イルチェラ様は何も仰ってはいませんでしたが」
アーリストも無意識なのか手の甲の宝石を確かめていた。
「透に何かが起こっているのは確実として、下手をすればアルフィナも食われるか
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屋根をすり抜けてアトリエに入る。
折れた絵筆。
まき散らされた絵の具。
割られたパレット。
そんな中でも、飲酒や喫煙の痕跡がないのは、透らしいとアルフィナは少し笑った。
「天使の絵は無いようだな」
荒れたアトリエを見回しながら、ファライラは放置された幾つかの絵を見る。
美しい物が溢れた天使界で生まれ育ったファライラが見ても、美しいと思う絵。
「…………どうやら透は
「セイガリョク?」
「そのまま、聖なる絵を描く力ですよ。きちんと飾っておけば、場を清めたり、幸運を呼んだりします…………ですが……」
透の足跡なのだろうか、それらの清い絵は踏み躙られたことによって穢れた物が多かった。
「天使界で話した不思議なことも、その聖画力?」
「いえ、それは多分、予知能力ですね。貴女をモデルに天使の絵を描いたのも、彼自身は気付いていない予知能力によるものでしょう」
アーリストとアルフィナが話しているのを横目に、ファライラは気配を探る。
幾つかある扉の一つの向こうから、酷く清らかな気と、酷く穢れた気が同時に感じられた。
「アルフィナ、この扉の向こうは?」
「透が絵を描く時に、休憩場所に使っていた部屋よ。そこにいるのかしら」
入ろうとするアルフィナを制して、先にファライラが入る。
栗毛の天使の絵。
額縁に収められ、壁に飾られた天使の絵は、アルフィナにそっくりだった。
「これか……」
アルフィナ……いや、澄心を描いたからなのか、天使という題材だからなのか、その聖画は清らかな力が強い。
清らかな気はこれとして、穢れた気は……と部屋を見回すと、少年が一人床に倒れていた。
泣き疲れて眠ってしまったような彼は、資料で見た透だ――少しやつれているけれども。
(おかしいな……)
扉の向こうから感じた穢れた気……あんなに強かったのに今は弱い。
「ねえ、透はいた?」
アルフィナが扉をすり抜けて入ってきた。
「透!」
アルフィナが透に近寄り、肩に触れようとするが、その手はすり抜ける。
「あ……」
「触れるのは無理ですよ。非常事態ではない限り、許されません」
「そっか……」
アーリストはさり気なく透からアルフィナを離す。彼も、ファライラの感じる穢れた気を感じ取っているのだろう。
ぴく、と透の手が動く。
「透?」
聞こえないと解っていてもアルフィナは声をかける。
目を開いた透が億劫そうに体を起こすと、爆発的に穢れた気が高まった。
「何だ!?」
くすくすと女の声がする。
「アルフィナ、離れていろ!」
ファライラは腰の宝石に手をやる。
「出でよ、
宝石から引き出されたのは、双頭の竜の描かれた両刃の剣だった。
「
アーリストの手の甲の宝石から出てきたのは、芸術品のように美しい白い弓。
「いったい、何だっていうんだ」
くすくす、くすくすと女の声が大きくなった。
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