第7話

私はお休みをとって、五十嵐先生の探している方が勤めていた高校を訪ねた


先生からはその方に自分の病気のことは一切言わないことを強く言われてた。

言ってしまうと、同情する気持ちから無理に会いに来てくれる、それが申し訳ないからと。

相変わらず、先生らしい


その方は高校で音楽の教師をされていたそうだ

もう退職されていたが、運よく、私の以前の同僚がその高校にいたので、連絡をとってもらい、会えることとなった


どんな人だろう


「はじめまして、吉沢と申します。

いきなり、伺って申し訳ありません」


「はじめまして、○○と申します。

いえ。先程、△△先生からご連絡いただきましたので」


柔らかい雰囲気の美しい方。

色白な細く長いしなやかな指を見てると、

ピアノを弾く姿を自然と想像出来た


五十嵐先生のことを話すと

名前を聞いた途端、一瞬驚いた表情をされたが、すぐに懐かしそうに微笑んだ

そして、

快く会うことを承知して下さった


私は胸を撫で下ろした

五十嵐先生の最期のことは告げずにお願いしたので、承知して下さるか不安だった


五十嵐先生はあのようにおっしゃってたが、

このことはやっぱり、翔に話しておこうと思ってた



『もしもし、翔?…今日、練習おわったら外で会わない?』


『へぇ、珍しいね、静香からデートの誘いなんて』


『たまにはねぇ、駅で待ってる』


『じゃあ、終わったら迎えに行くな』


『うん』




駅前で静香を乗せると、俺の顔を見るなり、少し慌てたように彼女は言った


「ねぇ、ご飯行く前にちょっとドライブしよ」


「えー、腹減ったし」


「いいからぁ」


「わかったよ

何処行きたい?」


「んー?海…かな?」


「了解」


夜の高速を走った

流れていく景色と静香の話す声が疲れた身体を癒してくれた


高速を降り、窓を開けると潮風の匂いがしてきた


急に彼女が今までと違ったトーンで話し出した


「翔、この間ね、五十嵐先生に会ったの」


「ん?何処で?」


「病院で」


「病院!?」


「あっ、危ない、

ちょっと車停めよ」


海沿いの路肩に車を停めた


「どういうこと?」


私は五十嵐先生の病気のこと、

最後の願いのこと、すべて、翔に話した


「先生は翔には内緒にしてくれって言われたの。サッカーに影響するだろうし、翔は…真っ直ぐな人だからって」


「先生が…」


大きいため息をついて少し寂しげに彼は言った


「俺だけ知らなかったってムカつく」


「…ごめんなさい」


「そうかぁ」


俯いてた顔を上げて私に問いかけた


「っで、先生…会えたの?」


「まだ…。明日、会えることになった」


「そっか…。良かったな」


「うん…。

翔は怒らないの?五十嵐先生の奥様に失礼だろ?って怒ると思ってた」


「怒んねぇよ。

だって、人の気持ちって…複雑なようで意外と単純なんじゃないかな。

ただ、会いたい…そう思ったんなら、

その思いは叶えられるべきなんじゃないかな」


「翔ぉー、大人になったねぇ」


「はぁ?っんだよ、年下扱いすんなよ」


「嬉しいんだよ、頼もしいなぁって」


「静香」


「ん?」


横を向いた瞬間唇を塞がれた

チュッと音をたてて離れた唇

すぐに抱き寄せられて、彼が低い声で言った


「俺の側にずっと、いろよな」


「うん」


波の音だけが聞こえる夜の海

抱きしめた温もりが強さへと変わっていく


俺は静香を一生守っていきたい

いつも思ってたことだけど、何故か改めて誓ったんだ


「なぁ、今晩、泊まろっか?

明日土曜だし」


「うん、いいけど…どうして?」


「すぐに静香を抱きたいから」


「もう、そういうとこは変わんないだから」


恥ずかしそうにそっぽ向いた彼女の頬に触れるだけのキスをして、俺はハンドルをきった

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