第8話

保健室であんなことがあってから、私は動揺していた。

彼に溺れてしまいそうになる自分にブレーキをかけてた


どうしよう…キスまでしたんだよ私

もう、すっかり、あっちのペースじゃない



仕事を終えて、駅からの帰り道


え??

誰かにつけられてる気配がした

真っ暗な夜道に人通りはなく

足音が響く


怖い…

振り向かず早足になると、後ろから腕を捕まれた


「離して!」


力いっぱい振り払い必死で走って、何とかコンビニに駆け込んだが、外でさっきの人がうろついてる


どうしようー

出れない


震える手でスマホを取り出した

警察?

いや、それは大袈裟かな

どうしたら……


咄嗟に思い付いたのは吉沢くんのこと。

先生が生徒に頼るなんて、おかしいよね

戸惑いながらも、気がつくと、紙切れに乱雑に書かれた電話番号を押していた


コール音が遠くで鳴ってる気がする。

まるで、初恋の男の子に初めて電話をかけたような緊張感


知らない電話番号だったからか、吉沢くんは少し怪訝な様子で電話に出た


『もしもし?』


『あ、あの、私…だけど』


『先生じゃん!電話くれたんだぁ』


『あのね、いきなりごめんね。今、駅の近くのコンビニなんだけど…変な人がいて…』


『すぐ、行く』


『もしもし?吉沢くん、もしもし?』


話を途中までしか聞かず、すぐに電話を切った


彼はあっという間にバイクで走って来て、私を見つけると心配そうに顔を覗き込んだ


「先生、何ともない?」


「うん。こんなことで呼び出して、ほんと、ごめんなさい」


彼は険しい顔つきで頭を下げた私の手を黙って引っ張り、店を出た。

さっきの男を睨み付けるとバイクにまたがって、立ち尽くす私にぶっきらぼうに言った


「乗って。送るよ」


私は素直に年下の女の子のようにコクりと頷き、彼の腰に手を回した


背中に顔を寄せると吉沢くんの心臓の音がドクンドクンと響く


このまま、この穏やかな音をずっと聞いていたいと思った。

回した手に力を込め、耳を強く押し当てた

.

.

.

.

.

「吉沢くん、ごめんね。突然、電話して」


「いいよ。嬉しかった。先生が俺を頼ってくれて。ほんとに大丈夫?」


「何回も聞かなくても大丈夫って言ってるでしょ」


…と強がったものの、彼の優しい顔を見てると急に力が抜けてヘナヘナとその場にしゃがみこんでしまった


「ちょっ、先生、やっぱり大丈夫じゃないじゃん」


私は彼に抱えられるようにして部屋に入った


玄関のドアがパタンと閉まると吉沢くんは急に真剣な面持ちで私を見つめる



「先生…電話くれたってことは期待していいってことだよな?」


「……。」


返事に困って俯いた


「もう、はっきり言ってくれよ。

俺は…先生にとってどんな存在なんだよ」


まだ、答えられない私を見て彼は大きく息を吸った



「俺は、好きだよ。大好きだよ?

今すぐ、抱きしめたい。

誰にも…渡したくない」



男らしく、はっきりと言った彼に対して、

私も、もう自分を偽ることが出来なかった




「私も…………好きだよ。

声が聞きたいと思う

会いたいと思う

……触れたいと、思う

いけないとわかってるけど、

もう、嘘、つけない」



涙が次から次へと溢れて止まらない



「先生、泣いてばっかじゃん。

もう、かも?じゃないんだよな」


黙って彼を見上げて頷いた




「なら……俺、先生を……抱きたい。

…………いい?」

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