第5節 ⑤

「さて、片萩くん。どうする? あそこにいるのは中途半端な失敗作と言えども、変異血種ミュータントのようなものだ。放っておけばその稚拙な思考能力で一般市民を襲い出すかもしれない。そして、私は君に『変異血種ミュータントの駆除』を依頼した。私が危惧していたのは――この真実を知っても君は、アレを殺すことが出来るのかという心配だよ」


「ッ……!」


 片萩劫かたはぎこうには、心がある。それが変異血種ミュータントとしての心なのか、人としての心なのか。それはもう、自分でもわからない。あの日から、あの時から、どちらがが本当の自分なのか――それは、誰にもわからない。


 それでも、人間らしい心はある。決して感情がないとか、何も感じないとか、そんなことはない。


 けれど、変異血種ミュータントの駆除に関しては、機械的でいると決めている。暴走した変異血種ミュータントは、この世に残してはいけない。それは、絶対不変の事実なのだから――自分の心がどれほど磨り減ろうとも、完遂しなければならない。


「……駆除しますよ。責任を持って」


「ふっ……くく、そうか。それは良かった。安心したよ。もし『何もしない』と言い出したのならどうしようかと――」


「その前に、やることが一つありますけどね。先に謝っておきます。ごめんなさい、仁後さん」


「んん? 一体な」


 骨に響く鈍い音が、仁後にごの頭部に響く渡る。何が起こったか理解が追いつくよりも早く、仁後にごの身体は砂浜に倒れ込んだ。


「がっ……!」


 こうは、仁後にごの顔面を思いっきりぶん殴った。そのパンチの威力はとても強く、ぶん殴られたと同時、仁後にごが掛けていた眼鏡が吹っ飛び、歯が折れて口の中から飛び抜けるほどの衝撃だった。


「くっ、はははは――これで満足かい……?」


「……仁後にごさん。あなたは、いつか地獄に落ちますよ。それじゃ、僕は――依頼を完遂しに行きます」


「はっ! いいねぇ地獄! そこでは鬼の研究でもやってみようかな! ははははははは! でもねぇ、片萩かたはぎくん! 地獄に落ちるのなら、君のほうが先なんじゃないかな!? なにせ、君はあの――」


 刹那。仁後にごは、夏場にも関わらず寒気を全身に感じ取る。それは彼が人生で一度も経験したことがないほどの、身体が本能で感じ取れるほどの殺気だった。

 変異血種ミュータントの元へと歩き出したこうは一瞬足を止め、仁後にごへと振り向き呟く。


「それ以上喋ったら――本当に、あなたの命は無い」


「くっ、ふふ……すまなかったね。私も自分の命は惜しい。これ以上は黙るとするよ」


「…………」


 こうはまた歩み始める。失敗作とされた変異血種ミュータントを、葬るために。

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