第5節 ④

「あんた、自分の恋人だった人に――!」


「ああ。けど、これは彼女を助けられる唯一の手段でもあったんだよ。もし上手い具合に事が運んでいれば、彼女は変異血種ミュータントになってしまうけど、まだ人間のフリをして生きられる可能性があった」


 仁後にごは、短くなった煙草を地面に落とし、右足で踏み潰した。


「だけどね……失敗作だったよ、アレは」


 ピクリと、劫の眉が動く。


「……失敗作?」


「ああ。失敗だった。どうしようもないほどにね。対峙したのなら、わかるだろう? あれは変異血種ミュータントとも呼べない、かと言ってもはや人間ではない。思考能力は残っているが判断能力は残っていない。酷く中途半端な生命体になってしまった。例えるのなら――ゾンビに近い存在だね」


 もう一度、足元に落とした煙草を踏みつける。小さく煙を吐き出し続けていた煙草の火は、完全に消えた。


「悲しいとは、思わなかったんですか」


「そりゃあ悲しかったさ。なにせ――せっかく、恋人を使ってまで行った偶発的な実験が失敗に終わってしまったのだから」


「あんたは――自分のために、恋人を利用したのか」


「利用、ではないな。活用だよ。私の元に来たときには、もう私にはアレを救う方法などなかった。上に報告して公的な実験体として保護しようかとも思ったが――私にだって情はある。アレを、他の誰かに使われるなんて到底許せるものではない。だから、私が、私の手で、私のものとして活用しようと思っただけだよ」


「…………」


 ――ああ。これで、はっきりした。

 変異血種ミュータントと化してしまった恋人を楽にするために、駆除を依頼してきたのだったのなら。

 己のエゴによる実験結果を、失敗だったからと見捨てなかったのなら。


 ――そうだったのならば、〝俺〟は、お前を許したのに。

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