第5節 ③

「もちろん。治せるのなら、治そうとは思ったよ。一般的な病院には連れていけないし、連れて行ったとしても無意味だ。研究所と関わりのある病院に連れていくことも考えたが――手遅れだったとわかったから、諦めて私の研究室のほうへ直接連れていくことにしたんだよ」


「何故、手遅れだとわかったんです? 話を聞く限り、変異し始めて数日経ってもマトモな思考能力は残ってる。それなら、彼女の身体は突然変異を起こしたけれど、完全な変異血種ミュータントにはなっていないはずだ」


 人間が薬物の摂取による外的要因で変異血種ミュータントに変化してしまう場合、ほとんどの場合は人間としての細胞が変異血種ミュータントへの突然変異に耐えられず、肉体面か精神面のどちらか、あるいはその両方の暴走傾向が見られる。そうなる前に突然変異し始めた変異血種ミュータントの核を取り除き、適切な施術を施さなければいけないのだが。


 しかし稀に変異血種ミュータントになる過程で、何の施術も施していないのに突然変異が肉体と適合してしまう場合がある。そうした場合、表面上の肉体は人間と何ら変わらない、もしくはいくらかの変異は起こしているが、何ら問題なく日常生活を送り続けることが可能な変異血種ミュータントになる。突然変異した原因は人工的なものだが、結果は極めて自然的な変異を起こす。幸か不幸か、そうなってしまう者がいる。


 また、そのような突然変異を起こす場合――症状の初期段階ではまだ変異血種ミュータントとは呼べない。肉体に変異核が生み出され、適合するまではまだ人間のままでいられる。


「彼女の身体が完全に適合する前に、変異核を取り除いていれば――」


「それがねぇ……適合はしていなくても、定着はしていたんだよ。わかるかい? 無理に取り除けば肉体に危険が及ぶ段階になっていたんだ。私は彼女が服用していたサプリを解析してみたんだが――これがまた妙なものでね。ほとんどの生物には無害だが、適合すると普通なら数時間、よっぽど長くても数日あれば宿主を根本から変異させてしまう薬物だとわかった。けれどアレは――それ以上の時間が経ってもそうはならなかった。これが、どれほど珍しいことか! それに、科学者の性というやつだよ。普遍的な実験結果とは違う異質なものが目の前にあれば、ソレに対して新たな研究と実験を施さざるを得ない! だから、私が施したのは――アレの身体に蠢き出した変異核を、完全に適合させる手術だ」


「なっ――!?」


 仁後にごの言葉を聞いて、こうは絶句する。

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