第5節

第5節 ①

 息を吐く。夏場にも関わらず、その息は白く濁っていた。

 それもそうだろう。男が肺から吐いた息には、白い煙も混ざっていたのだから。


 煙草を吸うなんて何年ぶりだろう。

 そういえば、煙草を止めたのは彼女に口うるさく言われたからだったか。

 まぁそんな小言を告げてくる人間も、もういない。いるとしたら、自分の記憶の中だけなのだが――過去の思い出に囚われるなんて、全く合理的ではない。過去の誰かに囚われるぐらいなら、現在の自分の欲望に素直になったほうが幾分かマシだ。


「ん……」


 煙草を吸っていた男は、何者かが近づいてきたことに気づく。


「ああ、片萩くん。来てくれたか」


 仁後にごは、近づいてきた少年に声をかける。


「あのデバイスを無くしてしまったと聞いたときは驚いたが、発信機を追えるものはあのデバイス以外にも用意しておいてよかったよ。この街から遠く離れていたら追えなくなるところだったが――どうやら逃げ出した実験体は、この数時間ほどすぐ近くの海岸に定住しているらしい」


 変異血種ミュータントを逃してしまい、発信機を追える小型デバイスも壊してしまったこうは、一時間ほど前に仁後にごから『逃亡した実験体の居場所がわかった』と連絡を受けた。


「さて、改めて依頼するよ片萩かたはぎくん。研究所から逃げ出した変異血種ミュータントを――駆除してほしい」


仁後にごさん。あの変異血種ミュータントを駆除する前に、一つ質問してもいいですか」


「ん? なにかな」


「あの変異血種ミュータントの正体は――仁後にごさん、あなたの恋人だった人でしょう? それに変異血種ミュータントと化した野犬の目撃情報と駆除の依頼が最近多いのも、あなたが手を引いていたんじゃないですか?」

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