第4節

第4節 ①

「つ……」


 こうは、未だ痛みが疼く傷の跡を抑える。

 変異血種ミュータントとの交戦から半日ほど。腹部の傷は、表面上はほとんど治っていた。

 普通の人間なら即座に治療しなければ命も危ういほどの傷だったが、片萩劫かたはぎこうもまた変異血種ミュータントである。身体のほとんどは通常の人間と変わらないが、身体能力や肉体の修復機能は普通の人間よりも著しく早い。


 だがそれでも片萩劫かたはぎこうのベースはあくまで人間だ。こうが負った傷は深かった。突き刺された腹部はもちろんのこと、左腕にも裂傷と打撲の痕が残っている。

 不覚にも、普段ならありえないミスで変異血種ミュータントを取り逃がしてしまった。あの急激な暴走を目にした後だと――やはり、このまま放っておけない。


 しかし、この傷でまたあの変異血種ミュータントと交戦することになることを考えると、少し気分が沈む。


「……あんな断絶的な言葉で、あのときのことを思い出すなんてね」


 ぼそりと呟く。確かに、あのときのことは自分にとってのトラウマだ。けれど、少しは克服できていたと思っていた。


 ――否、忘れていたと、思っていた。夢以外では、忘れられていたはずだった。けれど実際はそうじゃなかった。〝俺〟は全然、あの頃から進めていなかった。


 こうがそのような憂鬱な気分に浸っていると――いきなり事務所の扉が勢いよく開かれて、男が一人やってきた。


「ハーッハッハッハッハ! 聞いたよ、カタハギコーくん! 今はあのいけ好かない女が旅行中で留守にしているんだって!? それはそれは嬉しいことだが、たった一人で事務所を任されていては解決できていない事件も溜まっていることだろウ! 頼りにしたまえ心の友よ、ワタシはそのヒントを持ってきタ!」


「……久しぶりですね。傷に響くんで、あまりうるさくしないでくれます?」


「うむ、すまない! だが、うるさくしないのは、無理だ! 何故なら豪快に、大胆不敵に言葉を発する――それが真・探・偵こと、このワタシ! エイル・フォン・ヴェイラーであル!」


 流暢だがどこかおかしい日本語を話す洋風の長身男性は、そう答えた。エイル・フォン・ヴェイラー。自称・真探偵。豪快奔放な調査を行い、粗製濫造な推理を繰り出し、驚天動地な真実を導き出す――という噂がある男。


 二年ほど前、ヴェイラーが関わっていた事件に変異血種ミュータントが出現するという出来事があり、そのときのピンチをこうが解決したことがあった。ヴェイラーは「おお、少年! キミはワタシの命の恩人第十八号ダ! この借りはいずれ返させてくれたまエ!」とおうに告げ、それ以来数ヶ月に一度の頻度で事務所に足を運び、解決が燻っている案件のヒントを教えてくる――といったありがた迷惑なことをしてくるようになった。

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