第3節 ③

「ッ……! かえ、して――!」


「……何を返してほしいか、わからないけれど。それ以上暴走を続けるのなら、力づくで対処するしかなくなくなるね」


「――海で……待って、て……」


「?」


「海で――ヤクソク、したからッ……! 待ってて、って――!」


「……っ!」


 刹那。脳内にノイズが迸る。

 海。約束。待ち合わせ。

 過去の記憶。五年前の、映像。


『ねぇ、コウ。あたし、海が見たいな』


 その言葉は、こうにとって、とある記憶を呼び戻すトリガー。


『ボトルメールかぁ。ほんとにあるのかな、そういうの』


 自分の意識と関係なく、急激にフラッシュバックする。


『あたしね。ずっと待ってるから』


 ――やめろ。

 夢の中以外で、その映像を見せるな。


『約束だよ。私のことを、きっと、いつか――』


「ッ――――!!」


 こうの意識は、腹部への激痛によって現実へと引き戻された。深々と突き刺さった大きな爪。


「ぐっ――が……!」


「かえ、して――それは――それ、は――」


 変異血種ミュータントは、爪を腹部に突き刺しながら、もう片方の手でこうの左腕を力強く叩き、引っ掻く。腹部に走った痛みと、左腕に与えられる衝撃でこうは左手に持っていた小型デバイスを落としてしまう。


「ア――」


 こうの手からデバイスが離れた瞬間、変異血種ミュータントは腹部に突き刺していた爪を引き抜いた。そして地面に落ちたデバイスへと手を伸ばす。変容した爪では掴みにくいのか、何度か滑らせたがデバイスを拾うことに成功すると、それを大切そうに手の中で握る。――だが、力加減が悪かったのか。ミシリ、バキ、という物を潰したような音が漏れた。

 一方、こうは腹部から爪を引き抜かれた瞬間、その場に倒れ込む。


「うみ……いかなきゃ……ここ、じゃない……やくそく……」


 変異血種ミュータントはデバイスを奪うと、こうのことなどもはや眼中にないらしく、支離滅裂な言葉を呟きながらその場をふらふらと立ち去りだす。


「くっ――ま、ぐぶっ……」


 口から血を吐き出す。咄嗟に腹部へと意識を集中し、変異血種の治癒細胞の活性化を図ったが、すぐに効き目は起きない。

 止血が間に合わず腹部から血を流しながら、こうの意識は次第に薄れていく。

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