第2節 ③

「おー起きたか、コウ」


 普段はセンセイが使っている机のあたりからピコピコ音が聞こえる。そこでは劫よりも年下と思わしき少年が、センセイがいつも使っている椅子にどっしりと座りながらゲームをしていた。


「……透くん。いたのか、珍しいね」


「別に珍しくねーだろ、俺だってここに住んでんだから」


「てっきり、今日もゲーセン行ってるのかと思ったよ」


「……今から行くつもりだったんだよ」


 チッ、という舌打ちが聞こえくるが、この少年が態度が悪いのは普段通りのことなので劫は気にせず洗面所で顔を洗う。


 今この事務所には自分たち二人しかいないのだから、もう少し態度を改めて欲しいと思うが、この少年――高嶺透たかねとおるにはいくら言い聞かせても無駄だろう。なにせセンセイにいくらシメられても変わろうとしないのだから。それでもセンセイがいない分、普段よりは少しばかり大人しくしている気がする。


「あ。そーいや、研究所から人が来てるぞ。どうすりゃいいかわかんねーから、とりあえず廊下で待たせてる」


「あのさ……それ真っ先に教えなよ、君!」


 とか思ってたらこれだ。いくら年若いからって、もう少し一般常識というものを見に付けてほしい――と劫は願う。


 劫は急いで廊下に繋がるドアを開けて、そこで本を読みながら待っていた人物を事務所内へと招き入れた。


「すみません、おまたせしてしまって。僕は、この事務所の責任者――の代理をしてる片萩劫かたはぎこうです」


「いえ、急に訪問した私が悪いので気にしていませんよ。初めまして、片萩劫かたはぎこうさん。私は西部第二研究所の仁後にごという者です」


 仁後にごと名乗った男は、劫に名刺を渡した。名刺を受け取って劫は、仁後を応接用のソファへと案内する。


「こちらこそ、初めまして。では、こちらにどうぞ――透くん、何か飲み物持ってきてくれないか?」


「めんどくせー……ファンタでいいか?」


「よくないよ」


「あ、私はファンタでいいですよ」


「いいんですか」


「な。ほら、そのおっさんもそう言ってることだし、――ほらよ」


「――っと、……あのな、いつも言ってるんだけど、人に物を渡すときに投げるんじゃないよ」


「ちゃんとキャッチしてんだからいいじゃねーか。んじゃま、俺はゲーセン行ってくるわ」


 劫に缶ジュースを投げ渡した透はけらけらと笑いながら、事務所から出ていった。

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