第2節 ②

 確かに普段の仕事量ならば、片萩劫かたはぎこう一人でも問題はないだろう。

 春頃は大変だったが、夏休みに入り事務処理も一旦落ち着き、盆休みを挟むので研究機関からの依頼も比較的少なくなる。


 突発的な変異血種ミュータントへの対処依頼が来る場合もあるが、この事務所に舞い込んでくるほどに緊急性が必要なものは殆どない。せいぜい一ヶ月に一回あるかないかぐらいだ。


 だから、しばらくの間自分一人でも何も問題がない――はずだった。

 現実は、センセイが佐渡へと旅立った次の日から、野良の変異血種ミュータントの目撃情報及び捕縛または駆除の依頼・指令がやたらと舞い込むようになってしまったことである。


 居候している少女――神倉沙月かみくらさつきを旅行に連れていくのはいい。

 春に遭遇した事件のせいで、彼女はいつにも増して塞ぎ込むようになってしまった。それがすぐに晴れるとは思わないが、半ば強制的なリフレッシュも必要だろう。自分を除くとこの事務所でマトモに仕事しているのは彼女だけなので、一時的に抜けられてもかなり困るのも事実だが、それでもまだ自分一人でどうにかなる範囲内だ。


 しかし、しかしである。どうしてこうもタイミングが悪いのか。

 これではいくら自分が部分的な変異血種ミュータントだからと言っても、限界値を超えてしまう。


「顔を、洗おう……」 


 変異血種ミュータント。それは、なんらかの要因により、生物が種族の領域を超えて突然変異したもの。

 生物の突然変異はさして珍しいことではない。癌や腫瘍だって細胞の突然変異の一種だ。生物の身体は、大なり小なり何かしらニュートラルではない変異を起こした部分があるのが通常である。


 だが――変異血種ミュータントと呼ばれるモノは、そんな通常の突然変異とは大きく違う。この世の物理法則や遺伝法則をまるっきり無視したかのような突然変異を起こして、種族の枠組みを超えてしまったものだ。


 片萩劫かたはぎこうはそんな変異血種ミュータントを捕縛、または駆除するための研究機関の末端に所属していた。

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