第5節 ⑤

「ああああああああああ!」


 落ちていく。堕ちていく。

 目標は、鮮血に染まった少女。

 その、右腕の肘から先。

 変異血種となり、異形化した部分。


 狙いは、そこだけ。

 それ以外は、傷つけない。

 核を直接狙うのは、難しい。

 だから、あの右腕を――!



 沙月は落ちる。友達を助けたいがために。

 人間を超越した身体能力で跳躍した少女は、ビル4階分ほどの高さから堕ちてくる。

 その落下に身体を任せて、だが両腕は力をしっかりと入れて刀を振りかざす形に保ち、

 そして――



 沙月の刃が、異形となった結花の右腕を、彼女の身体から斬り飛ばした。



「アハぎッ……アアアアァア!」


 異形化した部位を斬り飛ばされた結花の右腕から血が吹き出し、ボタボタと流れ出す。

 だが結花から斬り分けた右腕は、まだ動き続けていた。

 核があるのだから、当たり前だ。謂わばコレは、単体の変異血種になりかけている。異形は沙月を敵性個体と判別したのか、蠢きながら近づいてくる。


「しつっ……こい! 邪魔!」


 沙月は、その異形の変異核を力の限り刀でぶっ叩く。

 数秒間、異形はまだビクビクと動き続けたが、やがて力尽きてピクリとも動かなくなった。

 もう襲ってこないことを確信した沙月は、急いで結花の元へ向かう。


「穂村さん!」


「ア、ハ、 ハァ……いッ……」


 沙月が切断して肘から先が無くなった結花の右腕から、血が止めどなく流れ出していた。

 沙月は、刀を放り出して結花の身体を抱き上げる。


 自分より、少しだけ背が高くて。

 自分より、ちょっとだけ大人びてて。

 そんなクラスメイトの身体が、とても軽く感じた。


 事実、結花の身体は軽くなっていた。

 沙月が斬り飛ばした右腕の重さ、そこから勢いよく漏れ出ている結花の血。このままでは間違いなく、結花は大量出血による失血死を起こすだろう。

 普通の人間ならば、右腕を斬り飛ばされた時点で痛みによる気絶、場合によってはショック死を起こしていたかもしれない。だが彼女の身体は、右腕を核として変異血種になりかけていた。そのおかげか、彼女はまだ意識を保てている。


「穂村さん、穂村さん……!」


「あ、ハハ いた、痛いよ かみくらさん、すごく、腕が いたい」


「待ってて……! 今、止血をするから――」


 沙月はパーカーを脱いで適度な長さに破り、肘から先が無くなった結花の右腕に巻いてキツく縛る。

 それでも、切断面から血は滴る。


 この場合はどこに連絡すればよかったのか。

 救急車、病院、ダメだ。違う。いや、いい。

 穂村結花の身体は、変異血種化の侵攻が進んでいるのか。それとも、切除した右腕以外の部分はまだ人間のままなのか。


 とにかく、誰かを呼ばなければ。

 センセイは、ダメだ。今コールしても、茶髪のクラスメイトを保護して、機関との交渉中だろう。


「――劫さん……! お願い、繋がって……!」


 沙月は劫へと、電話をかける。今頃ならもうデータを取りに行った用事は済んでるだろうし、センセイからの連絡も受けてるはずだ。だったらもしかしたら近くに来ているかもしれないし、何より結花を助けるために必要なアドバイスを的確に教えてくれそうなのが、彼だった。


 1コール。2コール。まだ繋がらない。

 急いでるのに、急がないといけないのに。


(お願い、早く出て――。じゃないと、穂村さんが――)



「……ほんとうは、ずっと、死にたかったんだ」


「え……?」


 急に結花が、小さな声で呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る