第3節 ②

「あたしのせいじゃないッ……。あたしのせいじゃないッ……!」


 少女はガタガタと身体を震わせて、自分の両肩を抱いていた。

 制服を大きく着崩しているが、それは沙月や結花と同じ学校の制服だった。ワンポイントの色からして、二人と同学年だろう。

 だがその髪は茶色く染められており、学校にいたら注意されそうなほどに濃いメイクも施している。


「あんな、あんなのッ……」


 そしてその少女は公園のベンチに座りながら、ずっと震えていた。何かおぞましいものでも間近に目撃したかのような震え方。


 事実、この少女はおぞましいものを見た。その時の恐怖がずっと身体から抜けきれない。

 その恐怖以外の感性が鈍くなっていた。だから、自分に人が近づいてきたことも、間近で足音がしてからやっと気づく。


「だ、だれッ……」


「あなた――穂村さんと一緒に、遊びに行った人だよね?」


「なに……アンタ誰……何で知って……」


 茶髪の少女は、自分に近づいていた人が、同じクラスメイトの有名人だということに気づく。


「かみくら、さん……? 何で、ここに…‥」


「……?」


 自分はこの人の名前を知らないのに、どうしてこの人は自分の名前を知っているんだろうと沙月は不思議に思う。だが自分を知っているということは、学校での直接的な関わりが無かったとしても、少しは話しやすくなったはずだ。

 だから今は、この女子が自分のことを知っているということは、気にしないことにした。


 それよりも、今はもっと気にしなければならないことがある。

 この女子は今日の放課後、結花と一緒に帰っていった人の中の一人だった。おそらく、結花が遊ぶ約束をしていた大勢のうちの一人でもあるのだろう、と沙月は思っていた。


 だから、不思議だった。

 それなら何で、この女子はこんなところに一人でいるのだろう、と。

 どうして服に血がついているのだろう、と。


「服についてるその血は、どうしたの? 穂村さんは一緒じゃないの?」


「あ、あ、」


 少女は沙月から質問を投げかけられると、顔をひきつらせる。そして、笑ったような泣いてるような表情を顔に貼り付かせ、必死に訴える。


「あたしのせいじゃない!」


「…………はい?」


 沙月の質問に対して、少女からはちゃんとした回答が返ってこなかった。


「あの……大丈夫? ちゃんと会話できる? 穂村さんは、今――」


「アレは、あたしのせいじゃない! あたしは悪くない! ゆかちゃんが、ああなったのは、あたしのせいじゃ……!」


「ゆかちゃん……? ゆかって……確か、穂村さんの……! 穂村さんに、何かあったの!? 穂村さんは、今どこに――」


「あたしのせいじゃないもん! 違う、違う! あたしは、あたしはァァァッ――!」


 少女は沙月の問いかけに全く答えを返さず、取り乱し続けていた。

 両手で頭を抱えて、学校を出るときには整えられていた、あまり綺麗に染まっていない茶髪が、ぐしゃぐしゃに散らばる。

 彼女の目と口と鼻からは液体が流れ出し、歳に不相応なメイクが崩れて顔はひどいものになっていた。


「だって、あんなの、あんな、し、知らない! だからあたしのせいじゃ――」


「……ねえ」


 短く一言、沙月は少女に声をかける。沙月の声を聞いて、少女の錯乱は収まった。そして顔をあげ、沙月の顔を見る。


 少女は、急に心が落ち着いたわけではない。

 彼女の錯乱が収まった理由は、


「言って」


「ひっ……」


 沙月の声があまりにも冷たく――

 とても恐ろしく、感じたからだった。

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