第1節 ③

「神倉さん?」


「……知らない人と大人数で会うのはちょっと、ね」


 とっさに取り留めのない理由を取り繕った。このぐらいなら、一般的な言い訳になるだろう。


「あー、そっかー……。そうだよね、私は慣れてるけど、そういうの嫌な子って結構いるもんねー」


 結花はうんうんと首を縦に何度も振る。どうやら納得したようだ。


「だったら仕方ないね! だったらさ、神倉さん。今度予定が空いてるときに、二人で一緒にお出かけしようよ!」


「……へ?」


 思ってもいなかったことを提案され、沙月の口から間抜けな声が漏れる。

 どうして、そうなるのか。


「ね、ねっ。だったらいいでしょ?」


「え、えっと」


 さすがにそう言われると、断れない。

 ちょうどいい言い訳も、思いつかない。


「予定が合えば、ね」


「ほんと!? やった、ありがとー!」


 結花は沙月の返答を聞くとその場で跳ねて、本当に嬉しそうな仕草を見せた。


「えっへへー。嬉しいなー。ね、いつ空いてる? 次の日曜とか……あ、それはわたしが予定入ってるんだった! ね、ね、来週の週末とかは?」


「え、えっと……来週は――」


 グイグイと押してくる結花に対して、沙月はしどろもどろと戸惑う。

 ――どうしよう。来週はまだ予定が何も決まっていないけれど。


『リンゴーン―― リンゴーン――』


 沙月が結花への返答をどうしようか迷ったとき、校舎に備え付けられたスピーカーから、チャイムの音が聞こえてきた。昼休み終了の合図だったが、予冷なので授業が始まる本鈴までは、あと5分の猶予がある。なので、今から教室に戻れば十分に間に合うのだが、


「……………………ああー! しまった! 先生から昼休み中にプリント取りに来てって頼まれてたんだった!」


 結花は予冷の音を耳にした途端、そんなことを言い出したのだった。


「……ほんとなんで、屋上に来たの」


 結花の慌てる様子を目の当たりにした沙月は、思わず本音をこぼした。


「わー! 急がなきゃ! ごめんね神倉さん! 先に戻るね!」


「……私も一緒に手伝いに行こうか?」


「ありがとー! でも大丈夫!」


 結花はそう言うと、屋上を駆けながら出口へと向かう。そして、


「じゃあね、神倉さん! もし放課後、一緒に遊びたくなったら、いつでも声かけてね!」


 屋上から出ていく直前、沙月に向かって笑顔でそう言うと、大急ぎでドアを開けて校内へと戻っていった。

 屋上に、静寂が戻る。

 先程までの騒々しさをなんとやら。運動場から聞こえる掛け声もなくなり、聞こえるのは時折吹く風の音だけとなった。


「……そんな機会、絶対に訪れないと思うけど」


 沙月は呟く。



 ――彼女のようなキラキラはきっと、私とは程遠いものだ。

 あの子と一緒にいると、楽しい気持ちになるのは嘘じゃない。


 だからこそ、怖くなる。

 自分はこの世界にいてはいけない存在なのに、まるで許されてるような感覚に陥る。


 それは、嘘だ。

 嘘でなければならない。


 そのためにも、キラキラしたあの子とは、なるべく深く関わらないほうがいい。


 だけど。

 少しだけ。

 もうちょっと、一緒にいたかったなと。

 神倉沙月は、思ってしまった。

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