第1節
第1節 ①
風が、とても心地よかった。
とある市立中学校の昼休み。その学校の女子生徒――
登校途中のコンビニで買ったサンドイッチを頬張りながら、フェンス越しに見える景色を展望する。
赤みがかった
街を見下ろすことができるし、何より空の青さと大きさが、とても綺麗だ。
校庭から聞こえる、昼休みでも練習している運動部の掛け声。時折聞こえる自動車の排気音。校舎に反響して僅かに聞こえてくる生徒たちのおしゃべりの声。
色々な雑音も耳に届いてくるが、ここにいればそんなノイズもあまり気にならない。
むしろ、色んな人たちが今を生きているのだと思うと、それも、綺麗なものだと感じる。
この世界には綺麗なものがあるということを、ずっとこの身で感じ続けていたら――
まるで自分が、この世界に存在していてもいいのだと、勘違いしまいそうになる。
(……そんなこと、絶対にないのに)
(私は、この世界から見れば不純物なんだ)
――それだけは、忘れてはならない。
屋上からの景色を見ながら食事を取っていると、背後からカチャリという物音と、それに続いてキィと金属が鳴る音が聞こえた。
おそらく屋上のドアが開けられたのだろう。ドアを開けた人物が屋上に立ち入って、ゆっくりとドアを閉めた気配を感じる。
そしてそのまま、足音を出さぬように気をつけながら、そろりそろりと自分に近づいて来ている。
明らかにバレバレなのだし、こんな茶番に付き合う意味はないだろう、と
「そんな忍者みたいな歩き方しなくてもいいよ」
「ありゃ、バレちゃった?」
「……バレバレだよ」
「穂村さん。また来たの?」
「えっへへー。また来ちゃった」
先程と打って変わって、少女は軽くステップを踏みながら、沙月の元へ駆け寄ってきた。近づいてきたその少女――
リップを塗っている彼女の唇が、陽の光を受けてピンク色に煌めく。唇にラメはついてなく、不自然な朱色にも染まってはいない。
中学生らしく、ちょっとだけ背伸びをしたおめかし。この程度のメイクなら、教師にキツく注意されることはないだろう。
屋上に入ってきた少女の名前は、
今年度から、沙月と同じクラスになった女の子だ。
突出して美人というわけではないが、愛くるしさがありいつも明るくて、友達も多い。教師からはたまに「ハメを外しすぎるなよ」と注意されることはあるが、内申に響くほどではないし、むしろ好印象を持たれている。
彼女はスクールカーストの最上位級――というわけではない。
だが、その中でも比較的良い位置にいるであろうことは、普段の振る舞いや友人関係から見ても明らかだ。
誰とでも仲良くできる優等生。そして、いわゆる不思議っ子。
そんな女子が、どうして自分によく声をかけてくるのだろうと
「神倉さん。よく屋上にいるよねー。雨の日以外は教室でお昼ごはん食べてるとこ見たことないし、やっぱりほとんど毎日ここにいるの?」
「……教室は、落ち着けないから」
別に、教室で騒いでいる同級生のことが、愚かだなんて思ってるわけじゃない。
けれど、彼女達と同じ空間にいると――自分がこの場にいてはいけない気持ちになってしまう。
だから、落ち着けない。
人がいればいるほど、自分とは違う存在なのだという事実が、心を蝕んでいくから。
「穂村さん、お昼ごはんはいいの?」
「うん! 実はもうさっき食べてきたのだ!」
――だったらなんで、ここに来たのだろう。
「実は神倉さんとお昼食べたかったんだけど……いつの間にか教室からいなくなってるし、探しに行こうと思ったら他の子に一緒にお昼誘われるしで、タイミングを逃しちゃって」
結花は、にへへとはにかみながら喋る。
「……だったら、わざわざ私を探しに来る理由なんて無いと思うけど」
「んー……理由、理由はねー」
結花はぶらぶらと身体を揺らしながら、しばらくはぐらかす。
「神倉さんと、友達になりたい――っていう理由じゃ、ダメかな?」
そして、にへらと笑いながら、そんな殺し文句を沙月に投げた。
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