エピローグ

1 ムサシとアヤネ

 ムサシはぼんやりと艦内の床にあいた巨大な縦穴の底をのぞいていた。


 ここはもともとヨリトモのハンガーがあった場所で、現在はそのヨリトモ自身がハンガーを台座ごと引き千切り、内部機構を引きずり出して一番下から何かを引っぱり出したために、高層ビルの基礎工事現場みたいな深い穴になってしまっていた。


 ムサシのハンガーはもともとヨリトモと同じデッキにあったので、ちょいと歩けばこの現場に着く。

 穴の修理はまだ開始されておらず、実質放置状態。

 中をのぞくとハンガー内のカーニヴァル・エンジン・カプセルを見られるのが、ちょっとめずらしい。内部メカニズムに興味のあるやつが、ムサシの他に何人か見物していた。



「こんにちわ」

 横に立った少女がムサシに声をかけた。


 ムサシは振り返り、すこし考える。短めの髪。おとなしそうな横顔。全身からたちのぼる清楚な雰囲気。ロールプレイング・ゲームに参加したら、回復魔法使いの役をやらされそうな娘だ。


「ああ……、ヨリトモのガールフレンドか」ムサシはやっと思い出して小さく敬礼した。


「ガールフレンドじゃありません」今回ははっきり否定する。


「ちゃんと帰ってきたろう? あいつ」


「見ました」

 アヤネはうなずいた。

「でも、なんで? なんで、ヨリトモさんはあんなひどいことしたんですか? あたし、あなたに言われても信じていませんでした、ヨリトモさんがバーサーカーだなんて。でも目の前であのベルゼバブが仲間を何機も撃墜して、あたしが呼びかけても返事もしてくれない。通話も話し中で繋がらないし。そのあと、あの人の使った改造コードの悪影響で、メンテナンス後に用意されていた苺野芙海の新曲データが流出して、サーバ異常が引き起こされて、あたしは無事だったけど、オフィシャル側にもすごい迷惑かかったはずじゃないですか。あたしは、どうしても納得いかないんです。ヨリトモさんってあんなことする人じゃないと思ってました。あのヨリトモさんが、あんなことする理由がわからない」


 ムサシはつまんなそうに口を歪めた。

「いくつか誤解がある。全部は訂正しねえ。ただ同じカーニヴァル・エンジン乗りとしてこれだけは言わせてくれ。やつのあの高速機動と超旋回は、改造コードのチート技じゃねえ。ありゃあクイックターンにスラスター噴射を追加したコメットターンっていうスーパーテクニックで、努力すれば誰でもできる可能性のあるきちんとした技術なんだそうだ。もうしばらくしたら、カシオペイアがカーニヴァル・エンジンの操縦に関する講習会をひらく。やつもヨリトモの技術がチート技だと世間一般に誤解されているのが気に入らないらしい。あんたも来てみちゃあ、どうだ?」


 アヤネはムサシを睨むように見上げた。


「ま、あんたの疑問におれは答えることはできないが」

 ムサシは腕組みし、アヤネに一瞥すら与えず、背中を向けて歩き出した。

「ヨリトモが困ってるやつ、助けを求めているやつを絶対見捨てないっていう、おれの意見は変わってねえ。あいつはきっと誰か、助けたかったり守りたかったりしたやつのために、あそこで戦ったんじゃねえの? で、少なくともそれはあんたじゃなかった。いまあんたがやつに近づこうと思ったら、あそこであいつが使った技術を知ろうとするのが一番いい。そういう方法でアプローチするしかないと、おれは思うぜ」


 アヤネは小さな拳を握り締めて、ムサシの背中を見送った。







                            第2巻 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る