2 スラスター・ベルクート
「ちょっと、まだ?」アリシアがイライラと通信をよこす。「本当に間に合うの? 滅点ダッシュが使えても怪しい距離なのよ」
「いいか?」緊張した面持ちで、ヨリトモはビュートのゴーサインを待った。標準スラスターを収めたコンテナを両のアームでしっかり持つ。
ビュートがうなずき、ヨリトモはそっとペダルを踏み込んだ。
遊びがほんのちょっとあり、どんと着弾の衝撃のような加速がきた。とたんにジャイロが警報を発し、反重力スタビライザーのゲージがレッドにとびこむ。
「もどさないで!」びびってペダルをリリースしそうになったヨリトモをビュートが止める。「操縦桿で抑えこんでください! 加速時にスラスター推力だけじゃなくて、姿勢制御の合力を使うんです。それがベルゼバブの乗り方なんです!」
「スタビライザーが悲鳴をあげてる。平気か?」まるで地面から噴き出す間欠泉にとびのって空に舞い上がるような感じだ。サーカスに近い。
「いけてます。レッドゾーンがベルゼバブの本来の生息速度域なんです」
「む、無茶な機体だ」
「だからこっちでパイロット指名するんですよ。うまいです、ヨリトモさま、ちゃんと加速してます。ぎりぎりまで引っ張って3にあげます。早いと失速しますよ。速度レンジがクロスしてないんです」
「どこだ?」
「そろそろ。……もうすぐ。……今!」
ヨリトモはがこんとシフトを入れ替えた。
「1回ペダルを戻して」
言われるままに操作し、スラスターのシステムに息継ぎさせる。
「踏んで!」
あわててペダルを踏む。再びベルゼバブが暴れるように身をくねらせ、ヨリトモは反射的に機体のスピンを抑えこむ。
「そろそろ減速です。反転させます」
「反転?」ヨリトモはビュートを見た。「あ、もしかして、減速用のスラスターとかは……」
「ベルクートにそんなもん、ついてるわけないじゃないですか。主スラスターのみで、旋回も減速も行います。サイドスラスターもフットスラスターも姿勢制御用と割り切ってください」
ヨリトモはベルゼバブを180度転回させ、レーダー上でみるみる迫ってくるソニック号にむけて噴射した。思いっきり減速しないとソニック号に激突してしまうほど速度がついている。
ヨリトモは焦った。
やべえ、早すぎるくらいの減速かと思ったが、想像以上に速度がついている。このままではソニック号を追い越すのでは?
「だいじょぶです、ヨリトモさま。うまくコースに乗ってます。そのまま、じっくり減速して。きれいに進入してますよ」
ビュートの指示に従って、機体を操作する。
「自動操縦で着艦しましょう。マニュアルは無理だと思いますし、失敗してリトライしている時間はありません」
すでにソニック号の空間震動反応は増大していた。
ヨリトモは自動操縦装置を作動させ、ベルゼバブがぶるぶると機体を震わせながら、ソニック号の尾部着艦口に入るのを黙って見ていた。情報画面の赤い文字は残り時間50秒を表示している。
開いた扉のすぐ中がハンガー。快速艇ソニック号はそれほど大きい艦艇ではない。ヨリトモは通常スラスターの収められたコンテナを床に固定すると、ベルゼバブを指定されたハンガーに収めた。
ほっと一息いれて、シートベルトを外し、コックピットを出る。
ベルゼバブを降りると、ハンガーのすぐ外は宇宙空間。カーニヴァル・エンジンが通れるほど大きい開口部が開放されていて、力場エアロックがあるとはいえ、満点の星空に放り出されたような落下感が襲ってきて、正直怖い。
デッキの床を歩いてヨリトモがブリッジ方向へ移動するそばで、着艦口の巨大な扉が閉まってゆく。
艇自体が大きくないので、デッキのすぐ前がブリッジ。しかも五、六人くらいしか入れない小ささ。先頭の主操縦席にアリシアがついてたくさんの画面を監視している。
「もうすぐ、跳ぶわよ」シートから腰を浮かせてアリシアがヨリトモを振り返る。「リニア・ドライブをやるのは、あたし初めてだから、失敗したらごめんね。早く席について」
ヨリトモはアリシアの隣の副パイロットシートについた。
画面内でカウントダウンがはじまり、緊張するアリシアとすっかりリラックスしているヨリトモの前で数字がゼロを示した。
各画面が一瞬暗くなり、中央のものだけが、複雑な図形を描き出す。
「いまリニア・ドライブ中なの?」ヨリトモがたずねる。
「ええ。うまくいったみたいだわ。今回はテストと逃走をかねた2光年のドライブだけど、このあと対人形館軍の抵抗勢力に合流するから、少し長めの航海が必要ね」アリシアはちょっとだけ緊張を解いた。「それはそうと、お帰り、ヨリトモ」
短くて黒い髪。切れ長の目。細いからだ。決して美人ではないが、内側に強いものを秘めた女性。
ヨリトモはちょっと照れて、「ただいま」と答えた。
「あ、そうだ。これから行くところなんだけどさ」ややあってからアリシアは口をひらいた。「ねえ、ヨリトモ。……ヨリトモ?」
返事がないので振り返ると、ヨリトモはシートの上で頭を揺らせて眠っていた。
アリシアはふっと微笑んで、前を向いた。
ヨリトモはどうやら眠ってしまったらしい。いつの間にやらワークステーションがオートパワーオフで止まっており、自分はベッドの上でうつ伏せになって寝ていた。
ちょっと焦ってワークステーションを再起動し、確認のためにスターカーニヴァルに繋いでみる。
ヨリトモの身体はちゃんとソニック号にあり、ケースから外に出ると明かりのすべて消えた暗いブリッジに一人立つ。ソニック号のシステムはちゃんと起動していて、いくつかの画面は動いていた。ただソニック号は何もない宇宙空間に浮いていて、特に何かをしている様子はなかった。
ヨリトモが主操縦席をのぞくと、シートの中でアリシアが膝を抱えた姿勢で丸まって眠っていた。ヨリトモはちょっと考え、ブリッジを出て後方のキャビンまで行き、毛布をとってくると、アリシアの身体にそっとそれをかけた。
静かにカプセルにもどり、接続を切る。
そして自分の部屋でベッドに横になった。
翌日はさすがに頼朝も疲れていて、登校時の車内でも居眠りしていた。学校に着いて教室に入ってからも、先生がくるまでの短い時間を目を閉じて過ごそうかと思ったが、席について机に突っ伏そうとした矢先に、いつもの石野の襲撃を受けた。
「小笠原、なんでこなかったんだよ。昨日はもの凄かったんだぞ」
頼朝の姿を見てすっ飛んできた石野はまくしたてた。
「接続するなり、スクランブルがかかってよ。内容も聞かずに飛び出したら、それがバーサーカー討伐でさ。母艦から外に飛び出したら、もの凄い戦闘さ。たった一機のバーサーカー機体が数千機相手に大暴れ。攻撃に参加しようにも、相手は改造コード使ったバグ技機体だろ? どうにも追いつけなくてさ」
「あたしも見たんだけど、あれってなんであんなに速かったの?」
反対側から吉川真澄が質問してくる。
ベルゼバブの加速は宇宙一だからさ。
頼朝は心の中で答えたが、真澄の耳には当然届かない。
「あれはさ」
石野がかわりに得意げに説明し始めた。
「改造コードでプログラムを改変してるんだよ。でなけりゃあんな旋回が物理的にできるわけがないんだ。物理計算式を書き換えてるんだ。その力をつかって何機も撃墜しているわけだから、実は大したことはないんだ。あれはじきにオフィシャル側から弾き出されると思うから心配しなくていいよ」
「うん」真澄は曖昧にうなずいた。「……でも、びっくりした」
「でさ。吉川さんも聞いたろ? 芙海の新曲」
「あ、うん。でも生で歌うのなんて珍しいんじゃない?」
「珍しいどころか、たぶんコンサート以外では初めてだよ。歌番組にもあんまり出ないから。あれは興奮したなぁ。しかも、あの歌! あのあとアカペラで歌ってもあれだろ? 鳥肌立ったよ! データを保存できればよかったんだけど、ボイド宇宙内だからなぁ。あれは本当、伝説だって! あの場所に居合わせたことをおれは神様に感謝しているね。やっぱ苺野芙海はすごいよ。新曲発表のまえにいきなり生で歌い出すんだもんなぁ。やっぱ小笠原も来るべきだったんだよ。凄かったんだから、絶対」
頼朝は目を閉じたまま答えた。
「……そうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます