第9話 秘密のコンテナ
1 最後の選択肢
ビュートはシンクロル・レーダーを解析モードにしてスザクの様子を監視していた。この距離であれば、発射を確認から警告しても、着弾までに最大でも2秒ちかい時間があるので回避可能だ。目をこらしてスザクを観察していれば、攻撃は絶対にくらわないのだ。
だからカシオペイアが狙いをかなり右にずらして矢を射たときは、何をしているのだろう?と思った。スザクの引き絞った弓から放たれた超高励起プラズマ力場域の矢がするすると直進し、あさっての方向へと飛んでいく。その方向には何もない。ビュートはカシオペイアが狙った物を探して、プラズマ矢が進む方向を眺めてみた。
やはり何もない。
なにを狙ったのだろうと首をかしげていると、突然ヨリトモがベルゼバブを急旋回させた。
「ちょ、ヨリトモさま」叫んだが間に合わない。「そっちは!」
「え?」
ヨリトモが操縦桿を引きつつビュートの方を見ている間にベルゼバブは、強烈な加速とヨリトモの旋回技術でもって、さっきカシオペイアが放った矢の前に自ら飛び込んでいった。
「ダメっ!」
鉄槌で殴られたような衝撃がベルゼバブを貫き、衝撃は反重力スタビライザーの限界を超えてコックピットのヨリトモをシートから浮き上がらせた。
カシオペイアの放った矢はベルゼバブの右の主スラスターを粉砕した。ギミックが吹き飛び、衝撃でベルゼバブの機体は真空の宇宙空間で独楽のように回転した。
ヨリトモは慌てて目を閉じて操縦桿に反射的につかまった。
ぐるぐると回る星空が速すぎて、目が回るのを防ぐためだが、目を閉じてもカメラアイから視覚に直接接続されている映像が彼の三半規管を責める。思わず口を押さえて嘔吐を堪えるが、真空中で高速回転する機体は媒体摩擦がないため、半永久的に止まらない。彼は無限に続くかと思える苦痛のなかで身を硬くした。
一方ビュートは着弾と同時に対消滅炉を緊急停止し、反物質タンクを緊急イジェクト、開閉弁を閉鎖して爆発を回避した。エマモーターの暴走を抑えて回転数をなんとか下げ、ようやくヨリトモが声もなく硬直しているのを確認して神経接続を切った。
「ご無事ですか? ヨリトモさま」
ヨリトモはしばらく無言のまま口をおさえていた。
「自動姿勢制御で機体を安定させます。安心してください。ダメージは軽微。各システムは正常。ただし、主スラスターはやられました。現在ベルゼバブは着弾直前の軌道を維持しています。これはソニック号への直線コースから右に70度ずれています。ヨリトモさま?」
「……すまない」ヨリトモはやっとのことで口を開いた。「一瞬で酔った。あの回転は殺人的だった。オーケー、もうだいじょうぶだ。コースはどうなっている? このままではソニック号に合流できないか?」
「できません」ビュートは珍しく沈痛な表情を見せた。「ベルゼバブの主スラスターに直撃しました。対消滅炉が止まっています。反物質スラスターもフットスラスターも、姿勢制御も長時間は使えません。現在ベルゼバブはソニック号とは、全然別の方角へ等速直線運動の真っ最中。ぶっちゃけ、漂流しています」
「くそっ、カシオペイアめ。見事にやってくれた。ビュート、アリシアに連絡つけてくれ」
「了解。すぐに繋ぎます」
通信画面にアリシアの顔が映った。
「ヨリトモ、無事?」
「おれは無事。ベルゼバブは、スラスター大破、らしい」
「このままじゃあ、ソニック号と合流できないわ。しかたないからリニア・ドライブのプログラムを止めて回収に向かうわ」
「リニア・ドライブを止めると、掃討艦隊の追撃をかわせないんじゃないのか?」
「そうだけど、このままだとあんたを置いて2光年くらい移動しちゃうわよ」
「しかし、ここで回収してもらっても、修理に手間取って掃討艦隊を相手にはできないぞ」
「わかってる」アリシアはまっすぐな目でヨリトモを見つめた。「ま、始まったばかりだけど、ここであんたと死ぬのも、有りかもね」
「やめろよ」ヨリトモは首をふった。
八方ふさがりとはこういうことか? どうする? こういうときのために、絶対負けない練習をしてきたんじゃないのか? くそっ。
真空の宇宙空間では空気抵抗や地面との摩擦で移動することができない。何かを凄い勢いで噴射して、その反動で動くしかないのだ。
この広大な真空では、ユニーク機体のベルゼバブであろうと、それに選ばれたパイロットのヨリトモであろうと、噴射する推力がなければ、ただまっすぐすっ飛んでいくだけの石ころと大差ない。手も足も、出ない。
「ヨリトモさま」ビュートはうつむいていた顔をきっと上げ、決意をこめて口を開いた。「コンテナをあけましょう」
「え? あ、ああ、あの箱か。中身は秘密じゃなかったのかよ」ヨリトモは口をとがらせた。
「他に選択肢はありません」ビュートはきっぱりと言い切る。「とにかく時間がありません。神経接続を再開しますから、コンテナをあけてください。中身をだしましょう」
右の情報画面の赤い数字が6分を切った。
「間に合うのか?」
「間に合わせます」
ベルゼバブとヨリトモは再び神経接続した。
ヨリトモはビュートの指示にしたがって、ベルゼバブのアームを操作し、手に抱えていた四角い箱の蓋をひらいた。額のライトで中身を照らし、ヨリトモはつぶやく。
「これは……、スラスターか?」
箱の中にはベルゼバブの装甲と同じガンメタリックに塗装された曲線的なパーツが入っていた。
こちらに向いている部分は、噴射ノズルに見える。くねくねとうねるような動力管、ソリッドな印象のノズル。流線型の本体に対し、鋭角的に跳ね返ったようなスポイラーはまるで前進翼。必要最小限のカナード。張り出した冷却板。ツインの対消滅炉と個別のエマモーターまで装備している。パーツというより、究極に進化した宇宙船が、推進器しか持たなくなった姿ともとれる。
「ユニークパーツです」ビュートがいった。「本来のベルゼバブのスラスターなんですけど、パワーがありすぎて扱いが難しいんです。だから、妥協して、ベルゼバブにはこれのパワーを抑えてコントロール性を重視したスラスターが装備されているんです。でも、ベルゼバブの本来の機体性能はこのスラスターを装備しないと発揮されないんです。でも、現在のヨリトモさまの技術ではこのパワーを引き出すことはできません。だから、このパーツのことは黙っていようと思いました」
「名前は?」ヨリトモはユニーク・パーツのスラスターをコンテナから引き出しながらたずねた。
パーツはH字型をしており、双発のジェット戦闘機から機首部分を抜いたような形に見えなくもない。ほとんどがノズルだが、左右に可変スポイラーが装備してあり、可変翼ではあるが基本的な位置は上に突き上がるような角度であるらしい。
黒いボディーに前進翼が、エアリアル・コンバットで使っていたベルクトを思い出す。
「え? 形式番号はBV3ですが」ビュートは現在装着されている標準スラスターを取り外しながら答えた。
「カスール・ザ・ザウルスみたいに名前はないんだ」
「いや、パーツですから」
「じゃあ、ベルクートってことにしよう」
「はい、分かりました」
ビュートはとくに異論もなく命名を認め、ベルクートの装着を開始した。
ハンガー内での修理ではないので、パーツ交換はヨリトモがベルゼバブのアームをコントロールして行う。ハンドカメラの映像とビュートの指示でヨリトモは背中に回したスラスターの位置をずらしながら、ロックの引っ掛かりを探す。
右の情報画面の数字が5分を切った。ヨリトモの額から汗がつうっと流れる。
「そこです。もう少し下に……」スラスターを固定するボルトのきゅるきゅるいう回転を感じて、スラスターが勝手に背中に貼りついた。
「ヨリトモ、まだなの?」アリシアから緊張した声の通信が入った。映像はなし。すでにソニック号がリニア・ドライブの体勢に入っているからだ。「あんたの機はどんどん離れていってるけど、本当に間に合うの? 滅点ダッシュは使えないのよね?」
「ビュートは間に合うと言っている」ベルクートがベルゼバブの背中に固定された。スラスターノズルと神経接続が行われ、ヨリトモは目をむく。「え? スラスターをコントロールできるの?」
「その代わり操作が複雑になりますから、いまはいじらないでください」
ビュートは操作確認プログラムでベルクートの各可動部のチェックを開始した。
右の本体と左の本体がちょっとずつズレて変形する。H字型の本体が分裂変形して、左右に最大展開し、X字型の2対4枚の両翼のように広がる。
「これも使わないでくださいよ。機体が分解します」
「そんな機能ばかりなのか?」
「本来スラスターの推力は反重力スタビライザーの許容範囲を超えないよう設計されています。でも、このスラスターの設計思想において、そういうことは念頭にありません」
まるで凶暴な獣が背中に張りついている気がする。これが本当に本来のベルゼバブのスラスターなのだろうか? 疑問に思いつつも、ベルクートの底知れないパワーに心惹かれるものがある。
「いいですか、ヨリトモさま。絶対にペダルを全部踏み込まないでください。スラスター推力が反重力スタビライザーを上回ってますので、まったく安定しませんから」
「本当に間に合うのか?」
ヨリトモは指示通りゆっくりと姿勢制御する。
じわりと操縦桿を入れないと、それだけでスピンしてしまいそうだ。
対物コンパスの目盛をたよりにソニック号の方向へベルゼバブの機首を向けるが、見越し角が異様に小さい。
これはソニック号が大して動かないうちにベルゼバブが到達することを示している。そんなバカなというくらい現在の位置と近い未来位置が表示されていた。
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