4 ユニークvsユニーク


 苺野芙海はよたよたとフェンリル・ゼロを旋回させるとヨリトモのベルゼバブから離れていった。カーニヴァル・エンジンの操縦は、得意でないらしい。


「でも驚いたな」ちょっと口元のゆるんだヨリトモは右の情報画面でソニック号の位置と現在の自分の位置を確認した。



 艦隊からは十分離れているし、ソニック号まではあと一息。画面上の赤いカウントダウンの文字は残り10分弱を示しているが距離的に問題はなさそうだ。


 アリシアから「ハヤクコイ」という短いメッセージがくる。あっちもずいぶん忙しいようだ。

 シンクロル・レーダーを調整して敵の追撃を確認する。苺野芙海の歌はすでにおわり、アストロ・スクリーンでは、笑顔で手を振る彼女のコックピット映像が、エンディングのように流れている。


 それまで無秩序に散開していた敵カーニヴァル・エンジン部隊がゆっくりと艦隊中心へと集合を開始していた。


 もうすぐ第六艦隊がリニアドライブに入るので全機に帰艦命令が出ている。サーバ・メンテナンスに入る前にもどってください。でないと機体喪失しますよ、とかなんとかの回覧板サーキュラが、情報画面を通して回ってきている。

 どうやらベルゼバブは苺野芙海のおかげで逃げ延びることができたらしい。



「それにしても可愛かったな。でもなんで、おれのこと知ってたんだろう?」


 ビュートはきょとんとして、にやけたヨリトモの顔をそっと見上げた。

(き、気づいてないんだ……)




 全機が母艦に戻り始めた動きを映していたシンクロル・レーダー。

 そこに旗艦から発進したひとつの機影が映った。

 一機だけ逆方向に動いているので、ひどく目立つ。



 その一機は、画面の中でぐぐぐっと移動してベルゼバブの方へ接近した。距離はまだまだあって遥か遠くではあるが、それにしても移動のしかたが変だった。

 広域にしたレーダー画面の中で、それと分かるほどの移動をしたのだ。


「ビュート、この機体」


「はい、確認しました。スザクですね」


「スザク?」ヨリトモは首をかしげた。「なにそれ?」


「四神シリーズ、超高速戦闘型、可変カーニヴァル・エンジン『スザク』です。カテゴリーはユニーク! 現在はウィング・ライダーに変形した状態で飛行しています。パイロットはカシオペイア」


「ユニーク機体……。カシオペイアのか?」ヨリトモははっと目を見開く。「来たか。とすると今の異様な移動は……」


「滅点ダッシュです」


 ヨリトモがにらむシンクロル・レーダー画面上で、スザクはさらに7回、滅点ダッシュを使った。7回目の直後、なにやら小さい光点がスザクの機体から離れて消える。


「いまのは?」


「はっきり確認できませんが、おそらく増槽だと思います。外付けする燃料タンクですね。反物質が詰まってるんです」


「反物質ってことは、対消滅炉の燃料だな。追いついてくると思うか?」


「まさか」ビュートは笑った。「有効射程圏内には絶対入れません。たとえスザクといえども」






 ユニーク機体スザク。四神シリーズ。超高速戦闘型可変カーニヴァル・エンジン。


 赤い鳥の形にデザインされたウェーブ・ライダー形態から、人型形態に機体を変形させたカシオペイアは、背部ウェポンラックに背負った武器を取る。


 赤いボディーにトト神を彷彿させる鳥形頭部。翼のように大きく左右に展開した独特のスラスター・ギミック。ハチのようにくびれた腹部と、竜骨をかたどって前方に張り出した腰の装甲板。そして鉤爪のある足。


 スザクのコックピットの中でカシオペイアは対物コンパスをベルゼバブに合わせるよう、ヘルプウィザードのカク・カに命じた。


 白髪白髭の仙人のようなウィザードは黙って指示に従い、左目の銀色の義眼をちらりと光らせて、カシオペイアを見た。


「追いつかないのは分かっているよ」カシオペイアは微笑む。


「でも、やる気なのだろう?」


 カシオペイアは答えず、口元に自信のある笑みを浮かべた。


 最後の滅点ダッシュを使い切り、全ての燃料を消費した。カーニヴァル・エンジンには永久機関エマモーターが装備されているから漂流することはないが、それでも反物質が生成されるまでには、かなりの時間がかかる。艦隊の移動時間を考えると、このままベルゼバブを追って飛行を続けるのは危険だ。


「カシオペイア、あと7分で反転してくれ。それを過ぎたら時間内に艦隊へ帰還できない」


「7分か。充分だ」

 カシオペイアはスザクの背部ウエポンラックから長弓「キショウ・ザ・ライトニング」を取り出した。


 スラスター噴射を止め、慣性飛行で機体を安定させる。カメラアイをキショウ・ザ・ライトニングのスコープにあて、上下で非対称な曲線を描く弓を左手で保持し、右手の指に弦をからめて、ぐいと引き絞る。


 細身のカーニヴァル・エンジン、スザクは身の丈ほどもある弓をぎりぎりと引き絞って全身を震わせた。


 左手の上に留められた力場生成筒が、超高励起プラズマ力場域で生成した光の矢を作り出し、するすると伸びた矢尻がぴたりと前方を狙い、一方後方へ伸長した矢筈が引き絞られた弦にがっしりとはまる。


 スコープの倍率をコックピットのアナログキーで調整し、ベルゼバブの姿をかろうじて捉えた。映像は大気がないので揺らめかないが、それでもベルゼバブの機影は不明瞭である。


 キショウ・ザ・ライトニングは射程の長い狙撃弓であるが、現在のベルゼバブまでの距離は優に50万キロ以上。1・5光秒以上。


 完全にキショウ・ザ・ライトニングの有効射程圏外である。

 真空中では超高励起プラズマ力場域で生成された矢は、空気抵抗で威力が弱まることなく直進しつづけるが、時間がたてば自然崩壊するし、自己膨張もあるから矢のエネルギーはどんどん失われてゆく。付近の天体や星間物質の状態によっても矢のエネルギー欠損は影響をうける。


 当たれば威力はあるが、当てるのは難しい距離である。


「無理だ、カシオペイア」カク・カが首をふる。「いくら君でも当てられない。ベルゼバブのパイロットは間隔をおいて蛇行飛行しているし、距離がありすぎる。自動ホーミングを最大にしても、弾は当たらない」


「自動ホーミングを切ってくれ」カシオペイアは指示した。「あれがあると却って当たらない。それからロックオン機構も解除。完全にマニュアルで狙う」


「いくらなんでも無茶すぎる。相手は動いているんだぞ。止まっている標的ならまだしも」

 カク・カはあきらめたように首をふった。


 カシオペイアは弓のスコープの倍率をすこし落とした。ベルゼバブの噴射炎が遠くに見え、クロスゲージの上をときどき気まぐれに旋回しつつ、アリシア・カーライルの待つであろう快速艇に向かっている。


「むかしスカイソルジャーという戦闘機シミュレーターのネットゲームがあってな」

 カシオペイアは集中するために、両目をとじた。

「そのゲームで、後方に敵機がはりついてきたときの緊急の対処法としておれが編み出したクルーザー回避って小技があるんだ。つまり後方についた敵機がもし、素人だったら機銃を乱射してくる。が、玄人だったらすぐには撃たない。手馴れたパイロットなら、相手の動きを見て予測し、機首を向けてトリガーを引くまでに約2秒費やす」


 カシオペイアはスコープのクロスゲージの中心をゆっくりとベルゼバブから外した。倍率をさらに上げ、視界を広くし、ベルゼバブの機影を捉えながら、ゆっくりと右に照準をずらす。

 右へ右へ。もっと右へ。ここ。

「トリガーを引くまでに2秒。着弾に半秒。そこでケツにつかれたら、二つ数えて急旋回。これがクルーザー回避の内容だ。おそらくヨリトモもそのクルーザー回避は知っていると思う。戦闘機とカーニヴァル・エンジンは射程距離が少しちがうから、おそらくやつは三つ数えて旋回すると思う。だから、3秒後にやつがいる位置に……」


 カシオペイアは息を止めた。極限まで引き絞った弓の弦を、指を抜いて解放した。


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