2 ベルゼバブ包囲網


 ゲルハルトの尾部着艦口へむけて急接近したヨリトモは、着艦口のすぐ手前まで旋回で接近しながら、機体を反転させて主スラスターとフットスラスターを全開にして最大負荷の逆加速を機体に与えた。


 糸のついたブーメランのように火を吹きながらスピンターンしたベルゼバブが、急減速しつつ着艦口へ飛び込む。


 ベルゼバブの良心回路は取り除かれているので、艦内でもスラスター噴射が可能だが、ヨリトモはそれを避け、減速フィールドの手前まで強引に逆制動をかけ、無理やり着艦速度まで落としたベルゼバブをきれいに着艦させた。着艦と着陸は小学生のころから大の得意である。



 なつかしいランプを抜けて見慣れた7番デッキに突入する。


 自走路上をランディングしてハンガーの並ぶ間をゆっくりと移動する。見慣れた光景だが、ずいぶんと懐かしい。


「なんかここをこうやって行くのもずいぶん久しぶりだな」ヨリトモはビュートに軽口をたたいた。「あのころはよかったよな、本当のことなんて何も知らず、ただゲームしてればよかったんだもんな」


 いつもの分岐で右に行って、見慣れたハンガーの前でとまる。

「でも、あたしは」ビュートは肩をすくめる。「うそをついてました」


 ヨリトモはふっと口元をゆがめた。

「で、忘れ物は?」


「ハンガーの中。一番奥にあります。基部から引き剥がして、構造部を露出させちゃってください。内部構造の最下部に隠してあるんです」


 ヨリトモはため息をついて、ベルゼバブのアームをハンガーの基部に差し込むと、力まかせに引き千切った。めりめりと鋼鉄が歪み、ボルトがぶちぶちと切れてハンガーが床から引き離された。ヨリトモもハンガーの内部を見るのははじめてだ。


 超巨大な歯車があり、ぶっとい金属のチェーンがあって、カーニヴァル・エンジン格納カプセルが7つ、地下方向にぎっちりと詰まっている。


「この下か?」ヨリトモの問いにビュートが肯定のうなずきをかえす。


 ヨリトモはやれやれと思いつつも、まず一番上にあるカプセルを引き出すと、無理やりチェーンをぶち切って、脇に放り投げた。

 できた穴に下りて、次のカプセルを外に放り投げる。二つ目からはずいぶん軽い。おそらく中にカーニヴァル・エンジンが入ってないからだろう。三つ四つとカプセルを外に放り投げ、ベルゼバブはどんどん下に降りてゆく。七つ目を軽いスラスタージャンプを伴って上に放り投げたときには、穴の底は光がとどかない闇の中だった。


 カメラモードを暗視に切り替え、底の機関部をのぞく。

「この下なのか?」ヨリトモは疑うような口調できく。


「たぶん」ビュートも自信なさげだ。「あたしが隠したわけじゃないんですよ。ベルゼバブの構造データ読んでて偶然みつけただけですから……。あ、そのプレイト剥がしてみてください」


「え? じゃ、だれが隠したんだ?」


「ベルゼバブの設計者じゃないかしら? 一度は六番艦が撃沈されて喪失したはずなんですが、ベルゼバブの補修データに記載されていて、おそらくは機体補修と同じ要領でこの新しいハンガー内で復活してるはずなんですけど……」


「なんか話が埋蔵金っぽくなってきたぞ」ヨリトモはぶつくさ言いつつ構造部下の金属プレイトをひっぺがした。


「これか?」ヨリトモはたずねる。


「BV3って書いてあったら……、あ、書いてある。本当だったんだ!」


「嘘かもしれなかったのかよ!」


「いいじゃないですか! 本当にあったんだから!」


「今も嘘ばっかりだ」小声でブーたれてヨリトモはその箱を持ち上げた。一種のコンテナらしい。ベルゼバブが持っても一抱えある。一体なにが入っているのやら、結構重量があるのは事実だが。


「すぐに計測します。7秒待ってください。ライトニングアーマーと反重力スタビライザーのフィールドをコンテナに合わせて変形させます」


 ヨリトモはビュートの指示通り7秒待ってからスラスターを軽く吹かし、床の穴から脱出した。

 自走路にのって外へのコースにのる。





 射出管からグレイト・ホールに飛び出ると、いきなり被ロックオン警報が鳴り響いた。


 デッキ内では火器が使用できないが、グレイト・ホールまでくると、その辺りは曖昧になってくる。本来居ないはずの敵機がいれば、何割かの機体のウィザード、というか良心回路は射撃プロテクトを解除する。


 何機かのカーニヴァル・エンジンが正確な照準でベルゼバブを狙って攻撃してきた。

 ヨリトモは着弾の直前、魔法のような機動でこれをかわし、グレイト・ホール内で反物質スラスターの全開加速をおこなった。


 しかし無数の射出管から出撃してくるカーニヴァル・エンジンの機影はあとを絶たない。10機20機があっという間に100機、200機と増えてゆく。


 グレイト・ホール内で射撃できるプレイヤーは比率的に少数派だが、確実に何割かはいる。それらの攻撃を高速機動でかわしつつ、ベルゼバブは最大加速をかけるが、増え続ける敵機の数はとどまることを知らず、視界を黒く染めるほどの多数の敵機を従えて、ベルゼバブは艦外にとびだした。



 永遠にひろがる虚無の空間には、カーニヴァル・エンジンの射撃を妨げる一切のものがない。ベルゼバブについてグレイト・ホールを飛び出したカーニヴァル・エンジン軍は遠慮なく弾幕を張ってきた。


 耳ざわりに響く被ロックオン警報。たった1機の敵機を狙って、興奮した言質で叫び声をあげながら発砲してくる無数のカーニヴァル・エンジン部隊。


 ヨリトモは高Gバレルロールから失速ターン、最大加速と、つぎつぎと複雑な機動を試みて敵の照準を外そうとするが、敵機が多すぎる。



 右翼から四番艦のカーニヴァル・エンジン部隊が突撃してきている。

 左翼には、九番艦の大隊がレンズ状戦形をとって半包囲をしかけ、前方からは二番艦の増援がこちらに向かってきていた。当然背後からは五番艦の部隊がつぎつぎと発艦してきている。


 空を覆う雲のような、敵の反応。

 海の底で、どっちを向いても海水であるが如く、どの方向にも、今は敵が幾重にも溢れている。



 時間を食いすぎたのだ。この数相手に、広大で楯にするものもない宇宙空間。いかな高速機動を敢行したとしても、すべての射撃をかわし続けることは物理的に不可能だ。

 しかも、ここは広大無辺な宇宙空間。敵の反応を盾に、良心回路の射撃ロックを期待するのは難しい。それを知ってか、敵の大部隊はベルゼバブへの接近を控えている。


 完全に撤退時期を見誤った。やはり、ビュートのお願いは聞くべきではなかったのだ。



「ビュート、滅点ダッシュは何秒使える?」

「現時点で、2・5秒です」

 こうなったらもう力任せに逃走するしかない。



「全部隊に告ぐ。バーサーカー機体ベルゼバブは艦外に出た。こちらから予測進行方向をシンクロル・レーダーに投影するので、各自の判断で追撃してもらいたい」


 コンマダー機の命令が聞こえる。カシオペイアの声だ。


 ヨリトモはシフトを2から3にあげてペダルを床まで踏み込む。

 速度計の数値がぐいぐい上昇してベルゼバブが狂おしいほどに加速しているのが分かる。


 後方の敵機はみるみる引き離されていくが、前方の四番艦、その奥の二番艦、そして旗艦ユリシーズから発艦してくる敵には、真正面からぶつかり合うことになる。その中にはカシオペイアもいるはずだ。


 シフト3の限界到達速度に達したのを見極めて、シフトを4にあげる。この上に5、6とあり、切り札の「滅」、すなわち滅点ダッシュは二秒半の発動。


 かなり無理のある勝負だ。荷物のせいで機体重量が増し、いつもの加速ができない。おまけに両手もふさがってしまって、武器も使えない。


「やばいな」ヨリトモはつぶやいた。








 その時、全チャンネルでコマンダー命令通信がきた。


 音声ではない。激しく叩かれるドラムの音。明るく鳴り響くサックスのメロディー。弾むような速いテンポで曲が流れ出す。音楽、だ。


「なんだ」


 ヨリトモは驚いて通信画面を見た。

 全チャンネルで全機あてに大音量設定された放送が強制的に流れ出していた。

 良心回路のないベルゼバブは例外だが、これはすべての機体がキャンセルできない種類の通信形態だ。こんな放送ができるのは一部のコマンダー機体のみで、おそらくムサシのニンジャ・アグレッサーでも出来ないことだと思う。

 となると、カシオペイアか? それとも別の……。


 強制的に流れてくる音楽放送。映像は、コックピットについた女性。空色のパイロット・スーツを着用したその女性は、ドえらい美少女だった。


「こんにちは、苺野芙海です!」




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