4 くれぐれも遅れないでね


「ケメコさん、だいじょうぶ?」

 カスール・ザ・ザウルスを回収したヨリトモは、ベルゼバブをカオリンに近づけると、倒れているカオリンの背中に手を回した。もう一方の手を膝のうらにまわしてカオリンを抱き上げる。


「おい、ヨリトモ」通信回線が開いて、画面にケメコの凶悪な顔が映る。「その抱き上げ方は恥ずかしいから、おんぶとかにしろ」


「いや、おんぶは反物質スラスターがあるから無理だよ」


 ヨリトモが答えると、ケメコの画面の端っこに小さい画面が開いて金髪の儚げな少女が顔をだす。

「ケメコはきっとお姫様だっこは初めてなんですよ。ヨリトモさん、初めまして。カオリンのヘルプウィザードのラズベリーです」


「初めまして、ラズベリー」ヨリトモは快活に笑った。「なになに。ケメコさんはお姫様だっこ、初めてなの?」


「ああ、そうだよ。悪かったな」丸縁メガネの向こうからぎろりと睨んでケメコがいう。「あたしの体重を支えられる男がなかなかいなくてね。そういう手前てめーこそ、女の子、だっこしたことあるのかよ?」


「あ、いや」ヨリトモは分かりやすく赤面した。「……そんな人いないし」



 ベルゼバブでカオリンを抱き上げたまま、自走路に乗る。床が動き出して2機は射出口へ向けて滑るように加速しだした。射出管をくぐりぬけて力場エアロックを越える。



「ケメコさん、まだ動けない?」

 ヨリトモはグレイト・ホールに出たあたりで尋ねた。


「神経接続がいかれてる。手足はうまく動かないが、駆動系は無事なんだ。スラスターは問題なく動くから、たぶん自力で飛行できる」


 ヨリトモはカオリンを離した。ワインレッドのインフィニティーは可変スラスターを閃かせて方向を決めると、メイン・ノズルで噴射を開始した。


 グレイト・ホールの20G加速で速度を得て外に飛び出す。


 さっと視界がひらけ、おそろしいほどの虚空にびっしりと貼りついた星のきらめきの中に放り出される。



「ヨリトモ、だいじょうぶ?」すぐにアリシアから通信がきた。


「ああ、問題なし」ヨリトモは黒髪のショートカットに全く胸のないアリシアを見て、違和感と同時に妙な懐かしさをおぼえる。「で、なんでケメコさんが味方なの?」


「ま、いろいろあってさ」アリシアはやれやれと肩をすくめた。


「ケメコさんの神経接続がやられてる。追撃されたらやっかいだ。おれはここで少し敵を引きつけて、すぐに追う。そっちの位置は?」


 返事の変わりにアリシアからデータがきた。すぐにビュートが対物コンパスを設定する。


「いい、ヨリトモ?」

 明確な口調でアリシアが告げてくる。

「こっちの航法計算は終わってる。もうプログラムを組んじゃったから、変更はできないわ。中断するとつぎのリニア・ドライブまで間があきすぎて、第六艦隊の追撃をかわせない。絶対に! いい? 絶対によ。こちらの快速艇の発進に間に合わせて。いいわね?」


「了解。で、そちらの快速艇の名前は?」


「え? 名前なんてないわ」アリシアはぶすっとこたえる。


「じゃあ、ヴォイス号ってのはどう?」

 ヨリトモが提案すると、ケメコがすかさず突っ込む。

「ダッサい。なにそれ。それよりマグナムってのはどう?」


「どういうセンスだよ」ヨリトモが反論。


「わかったわ」アリシアが投げやりに割って入る。「じゃ、中をとってソニックね」


「どういう中の取り方だよ?」ヨリトモがつぶやく。


 ビュートは黙って対物コンパスの対象名をソニック号に書き換えた。



「アリシア、あたしそろそろ仕事にもどらなきゃならないんだけど」ケメコが真面目な声でいう。「カオリンをオートで着艦させられるかしら?」


「接続自体を切らないでくれれば、こちらで誘導できるわ」アリシアはデータを打ち込みながら答えた。「オーケー。いけるわよ」



「あれケメコさん、仕事中にボイドに繋いでゲームしてるのかよ」ヨリトモがへらへらとからかった。


「うっさいわね。いろいろあんのよ。いい? ひとつだけ言っとくけど、あたしが仕事中に姿消してるおかげでカシオペイアが出撃してこない部分もあるんだからね。それより、あんたこそ、学校どうしたのよ?」


「うっ」と呻いてヨリトモが黙る。

 ビュートが手で口をおさえて笑いを噛み殺している。



「じゃ、おれはもどってひと暴れしてくる」ヨリトモはベルゼバブを反転させた。


「とかなんとか言って」ケメコは最後にぶうたれた。「ほんとは遊びたいだけなんじゃないの?」

 カオリンはそのままのコースを維持する。


「ヨリトモ、くれぐれも遅れないでね」最後にアリシアが警告してきた。





「ジェロニモ、てめえ」

 ムサシはドラミトンの下からニンジャ・アグレッサーを這い出させると、烈火のごとく怒った。

「なんだ、その武器は。こっちのライトニング・アーマーが消失しやがったぞ。復旧までに10分ちかくかかるじゃねえか」


「す、すまない」ドラミトンがふらふらと立ち上がる。「くそっ。なにがどうなってやがるんだ? いきなりカメラアイが飛びやがった。サーバ・エラーか? それともあのインフィニティーに狙撃されたのか?」


「ちっ。なんだよ。見えてなかったのか」やれやれとムサシは肩をすくめる。「キックだよ。ヨリトモのやつがおまえの頭を蹴り上げたんだ。斜め下から首を刈るような、もの凄えハイキックだったぜ。見えなかったのか?」


「ああ。まったく何も見えなかった。いきなり視界が真っ暗よ。プラグキャラの接続も一瞬切断しやがった。すまない、ムサシ。ちょっと追撃できそうにない」


「んだと、こらぁ。たかがメインカメラをやられただけだろうが。外に出てあいつら追っかけるぞ」


「無理だ。間に合わねえ。もう居ないよ」

 ジェロニモは首をふった。

「カシオペイアはまだ来れないのか? とにかく全艦隊にスクランブルをかける。旗艦から十五番艦まで、現在接続しているすべてのプレイヤーにあいつらを追わせよう。ムサシ、すまないが、アンテナを貸してくれ。こう見えてもこのドラミトンはコマンダー機なんで全艦隊命令を発動できるんだが、こっちのアンテナはいかれてて、発信ができない。おまえの機体も一応コマンダー特性が付加されているから、回線を補助してくれ」


「ちっ、世話のやける将軍様だぜ」


 ムサシはニンジャ・アグレッサーの手をさしだしてドラミトンと握手させた。データリンクが設定されて、ジェロニモが全艦隊命令を発動する。

 ムサシのコックピットの通信画面にも上からおりてきたスクランブル発進の命令がとどく。



『緊急命令。バーサーカー討伐せよ。さきの惑星攻略で味方機118を撃墜したバーサーカーがふたたび出現。発進可能な各機はただちにスクランブル。バーサーカー機を撃墜せよ』



 命令伝達が終わるとドラミトンはよたりながら自走路の方へ歩き出した。

「行くぞ」


「追っても間に合わないんだろ?」ムサシはため息まじりに答えた。


「ここにいても仕様がない。ハンガーになんとか自力でもどる。ムサシ、お前はあいつを追撃しろよ。その機体なら追いつけるかもしれない。ベルゼバブがもたもたしていたら、の話だけどな」


「へっ。あいつなら、もたもたしてるかも知れないぜ」ムサシはにやりと笑う。その言葉に答えるかのように、外にいる連中の叫び声がオープンチャンネルの通信音声で聞こえてきた。


『いた。発見した。黒いやつだ』

『位置を教えてくれ』

『五番艦ヒパパテプス級の甲板上。立っている。が、ダメだ。射撃できない』

『味方艦が射線上にいるからだ。なんだあいつ? 火器を装備してない。これなら楽勝だぞ』

『見つけた。おれがやる。着艦して近接を挑む』



「バカが」ムサシはため息をついた。


「どっちがバカなんだ?」ジェロニモはたずねる。「もどったベルゼバブか? あいつに近接戦闘挑む今のやつか?」


「やつがもどると信じていたおれと、ここで壊れたドラミトンでもたもたしてるお前も、だよ」


「とにかく行こう。面白そうだ」ジェロニモはムサシをうながした。


 頭部を破壊されたドラミトンとニンジャ・アグレッサーは射出管からグレイト・ホールに飛び出した。



 艦体内に造られた擬似重力による広大な加速坑道であるグレイト・ホールは、すでに各デッキから発進してきたカーニヴァル・エンジンで混雑がはじまっていた。


 ジェロニモは他のカーニヴァル・エンジンの邪魔にならないよう脇によって飛行する。ライトニングアーマーが復旧しないムサシも出口までは付き合うことにして脇を飛行した。



「ずいぶん出てるな」ジェロニモは不安そうに感想をもらす。「この数の機体に追われて、あのベルゼバブは生き残れるものなのだろうか?」


「なんだよ、敵の心配か?」


「いや、そういうわけでもないが……。近接戦闘しかできないあの機体でどうやってこの状況を切り抜けるつもりかと思ってな。もどってきたからには、それなりの勝算があるのかと……」


 ニンジャ・アグレッサーとドラミトンがグレイトフォールを抜けて宇宙空間に飛び出した。


「……な、なんだ、こりゃあ!」ジェロニモが叫んだ。


 外は満点の星の海、その晴れた夜空を背景に、打ち上げ花火の大フィーバーみたいな爆炎が連続で起きている。

 ぱぱぱぱぱぱぱと、息つく暇もなく対消滅炉の吹き飛ぶ独特の核爆発光が膨らみ、マップ画面上で味方の撃墜報告がつぎつぎと表示され、被撃墜数表示がくるくるとその数値をあげている。



 宇宙ではベルゼバブが撃墜数の山を築いていた。


 舞い散る反物質スラスターの噴射炎。あがる爆発光。

 味方の火器が火を吹いているが、右に左に高速移動して爆炎の連鎖をつくっている敵機に照準が追いついていない。

 この距離からでも目で追うのに苦労する高加速で連続機動するベルゼバブは、どんと加速するときれいに旋回してぐぐっと減速する。ひらりと身を翻すとぱっと姿を消してちがう場所で爆発を引き起こす。


「こ、こりゃダメだ」ジェロニモがため息まじりにいった。「あいつ、一瞬失速させてスピンぎりぎりで反転してやがる。宇宙空間で身をよじるクイック・ターンで反転しているみたいだが、その間もずっと反物質スラスターを噴射し続けている。ペダル・リリースとか、減速しての旋回とかのレベルじゃねえ。あいつ、頭おかしいぞ。これじゃあ、おそらく普通のパイロットじゃ捉えきれねえ。撤退命令だした方がよさそうだ」


「いや、そろそろ潮時だろう」

 ムサシは首をふった。

「ここらでヨリトモは引くはずだ。あいつのすげえところは、ドッグファイト中に戦局が見えてるところだ。だからいつも、あいつは殿しんがりをつとめてた。撤退戦の名手なんだよ」


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