3 ベルゼバブ、発進
「エマモーター始動。シンクロル回線リンク設定初期化します。操縦系統異常なし。駆動系異常なし。良心回路なんてものは無し。でも敵味方識別正常。反物質タンクおよび十次元バッテリー、容量ほぼエンプティーです。気をつけてください。滅点ダッシュは使えません。永久機関エマモーターの回転をあげて回復につとめますが、オーバーヒートには注意してください」
ビュートがつぎつぎと報告してくる。
「デッキ内で起動しているカーニヴァル・エンジンは3機。敵数2。注意してください。ロックオンされています」
ヨリトモがこの空間に入室した瞬間、あたりは真っ暗だった。
またエラーかと思いおもわず手を伸ばすと指先が何かに触れた。どうやら自分がやわらかいスポンジ材質で内張りされたカプセルの中に閉じ込められていると気づいて少し焦ったが、手で押すとカプセルの蓋は簡単に開いた。
外は暗く、最初そこがベルゼバブの中と気づくまでに少しょう時間がかかった。
三重の装甲ハッチのうちがわ、すぐそばに搭乗口まで降下しているシートがあった。
そこにシートがあれば座ってベルトを締めるのがパイロットというものだ。ヨリトモがシートに腰を下ろすとほぼ同時にベルゼバブの起動が感じられた。
対消滅炉が始動しないうちに、ライトニングアーマーが動き出すぶうんという音が機体を震わせる。
なにやってんだ? そんなことをすればバッテリーが枯渇するはずなのに。
シートが上昇し、ヨリトモの身体はコックピットに入る。
見慣れた画面レイアウト、双操縦桿。ペダルに足をのせヘッドセットをかぶる。サブ画面では真面目な顔のビュートが冷静に状況報告を続けている。
挨拶は抜き。てっきり大騒ぎするかと思ったら結構落ち着いているので、少しがっかりする。しかしヨリトモもビュートに最初に会ったら言う言葉を決めていたはずだが、いまは思い出せない。
激しい着弾の衝撃があって、ヨリトモとビュートは身を硬くしたが、ビュートは落ち着いて「損傷軽微」と報告してくる。ライトニング・アーマーが動いていなかったら、撃墜されていたところだ。
「これくらいじゃベルゼバブのライトニング・アーマーはびくともしません」
ビュートが自慢げにいった。
「何をくらった?」
「おそらくムサシのニンジャ・アグレッサーが持っているラスト・ジェノサイダーです。破壊力は低いんですが、味方艦内でも使用できる武器です」
「なんだ、ムサシがまたいるのか?」
「あの人、しつこいですよね」
「そうだな」ふとビュートの映った画面をのぞくと、目線があった。
無表情を維持しようとしていたビュートの顔がすこし笑顔の形に緩み、すっとひとすじ涙がながれた。
「おかえりなさいませ、ヨリトモさま」
「ただいま、ビュート。最初にライトニング・アーマーを動かしたのはナイスな判断だ。どうしてそんなこと思いついたんだ?」
「ヨリトモさまはトラブルメーカーだから」ビュートは指先で目じりをぬぐってにっこり微笑んだ。「どうせこんなことになるだろうと思って、ずっと前から決めてました」
ヨリトモはぷっと吹き出してたずねる。
「敵の編成は?」
カメラアイのモードを暗視に切り替えてみるが、視界は悪い。黒煙の中、2機のカーニヴァル・エンジンの機影が見えるが機種までは特定できない。
「左がムサシのニンジャ・アグレッサー、右はジェロニモって人のドラミトンです」
「ドラミトン?」ヨリトモは首をかしげた。「シルエットがおかしくないか? 肩がとがってるぞ」
「あれは拡張装甲板です。防御力は大して上がってないですね。重量が増してかえって動きが遅くなってると思います」
「なに?」ヨリトモの表情が凍りついた。
「この狭いデッキの中では、下手にスラスターを吹かせば天井にめりこんで動きが取れなくなる危険がある。となるとせいぜい姿勢制御の反重力バーニアを使って動くことになる。良心回路の抑制でスラスター噴射が使えない人形館所属のカーニヴァル・エンジンなら尚更、反重力バーニアということになるのだが、これを移動用に設定変更したとしても、それでも推力は大きすぎるんだ」
天井が低く、ハンガーに足場を奪われたデッキ内で自由に動くためには、反重力バーニアでも強すぎて扱いづらい。
「その扱いづらさをコントロールするために、あのドラミトンは重量のかさむ装備を敢えてつけているんだ」
ヨリトモは舌打ちした。
「わかってやっているとしたら、相当に手強いぞ。おそらくこの限定状況下ではベルゼバブよりドラミトンの方が戦闘力は上なんだ。それをさらに重くしてくるとは……。あいつ、ただ者じゃない」
「そういえば将軍の階級章つけてますね」ビュートが眉間にシワをよせて考える。
「こまごま動いていたら危険だ。一気に外に出よう」ヨリトモはシフトを2に入れる。
「待ってください。味方があそこに倒れてるんです」ビュートが正面パネルに矢印を表示する。
自走路の向こう側に、なるほど1機のカーニヴァル・エンジンが倒れている。ワインレッドの機体。全体が見えないので機種はわからないが表示が出ていて、ケメコのインフィニティーとなっている。
「あれ? ケメコさん? じゃあれは、カオリンか?」
「そうでした」ビュートが肯定する。画面の中の『インフィニティー』の表示が掻き消え、すぐにカオリンに書き換わる。
「なんでケメコさんが味方なんだ?」
「いろいろありまして」ビュートが複雑な表情でこたえる。
「おい、ムサシ、ここはおれに任せろ」
ジェロニモがベルゼバブのシルエットに対峙して身構える。
「いいか。ここで下手にやつに暴れられたら味方艦の被害が広がるだけだ。おれが一騎打ちを挑めば、やつも反物質スラスターを噴かして暴れたりはすまい」
「なんだと?」用がなくなったラスト・ジェノサイダーを放り出してムサシは不機嫌にこたえたが、それ以上は口出しせずに壁際までさがって腕を組む。ヨリトモに対して自分は無関係と告げるジェスチャーだ。
「へっ。そうこなくちゃな」ジェロニモは大剣を腰だめに構えてベルゼバブに迫った。
デッキ内の煙がゆっくりと晴れて、ドラミトンとベルゼバブの姿があらわになる。
低くたゆたった黒煙が2機の腰のあたりまで隠しているが、彼我の姿ははっきりと確認できた。後方では、ムサシのニンジャ・アグレッサーが後退して壁に寄りかかって腕組みしている。
「ヨリトモさまっ、気をつけてっ!」ドラミトンの姿を見たビュートが青い顔で叫ぶ。「あれは『デュランダル』です。聖剣デュランダルですよ。レア・ウェポンの聖剣で、あの柄頭についているのが、『破邪の鉄拳』です。あいつやっぱりただ者じゃないですよ。注意してっ!」
ドラミトンは三角形を引き伸ばしたシュールなデザインの大剣を構えてじりじりと間をつめてくる。大剣には鉄パイプに布テープを巻いただけの単純で長めの柄がついており、その柄頭に巨大な拳をかたどった飾りがついている
その拳の飾りは、なにやら青い炎をたちこめさせており、それはティースプーンに注いだブランデーにつけた火のような、よく見ないと見落としてしまいそうな淡い炎だった。炎というより、立ちのぼるオーラにちかい。。あれが『破邪の鉄拳』か。
ヨリトモはベルゼバブをじりじりと下がらせた。背後は壁。左右になら少し動くスペースがある。
ドラミトンの向こう側に見えるハンガーに、ウエポンラックにのったカスール・ザ・ザウルスが見えるが、素直に取りにいかせてはくれまい。
ドラミトンはじりじりと間を詰め、ぱっと動いた。
無骨な刃が閃いてベルゼバブの胸を狙う。のけぞるようにかわしたヨリトモは、くるりと回ったデュランダルが、柄頭の鉄拳を突き出してくるのを見た。
よし、かわせる。ヨリトモはベルゼバブの身を開きつつ、目前のハンガーに飛び込んで前転して上を転がった。
ピーという耳障りな警報が鳴って、左肩のライトニング・アーマーが欠落したのを伝えてくる。
「なんだ?」ハンガーの上を転がり自走路脇に着地してダメージ画面を確認する。
左肩のライトニング・アーマーが消失し、いまの前転による物理的負荷をくらって左肩の装甲に亀裂が入っている。内部機構に破損はないが、ライトニング・アーマーが消えたということは左肩の反重力スタビライザーも効かないということだ。
「気をつけて、ヨリトモさま。破邪の鉄拳はライトニング・アーマーを中和する力場を放つんです。かすっただけでも、持っていかれます」
「ちっ。なんて武器だ。ビュート、ライトニング・アーマーの復旧は可能か?」
「10分ちかくかかります」
ドラミトンが反重力バーニアを噴かしてハンガーを飛びこえてくる。
ヨリトモは自走路をはさんで再び対峙する。
動きはあっちの方がいい。ライトニング・アーマーに欠落があれば、機体を破損しかねないのでスラスターももう使えない。どうにもこの勝負、分が悪すぎる。
ドラミトンが反重力バーニアを全開にしてダッシュした。
ベルゼバブが後退しかけるが、相手の方がはるかに速い。
剣先をさけて身をのけぞらされ、低い位置から破邪の鉄拳がベルゼバブの頭部を狙って繰り出された。
ベルゼバブはさらに上体をのけぞらせようとするが、鉄拳のリーチの範囲内。かわせない!
その瞬間ドラミトンの頭部が、爆炎をあげて吹き飛んだ。頭部装甲が剥がれて宙に舞い、砕けたカメラアイのレンズがきらきらと四散する。
鉄拳を突き出しかけた姿勢のままジェロニモのドラミトンは動きを止めた。
ヨリトモは高くあがったベルゼバブの蹴り脚をもどしながら、ガードを固めて相手を確認する。郷田に教えられたままの残心の動きだ。
ベルゼバブは動きを止めたドラミトンの機体をつかむと、鉄拳に触れないように注意しつつ、後方で腕組みを解いて呆然としているムサシのニンジャ・アグレッサーに投げつけた。
ムサシはジェロニモを受け止めようとしたが、2体のカーニヴァル・エンジンは絡み合うように倒れこみ、動かないドラミトンの下でニンジャ・アグレッサーがじたばたと四肢を動かしている。
ニンジャ・アグレッサーの上に倒れこんだドラミトンはぴくぴくと四肢を痙攣させて動き出す気配はない。
「
ビュートが静かに告げた。
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