2 本当のあたし


「くそっ」

 赤い照明と入室拒否の警告の下でヨリトモは一瞬考えたが、すぐに現実の頼朝の方の身体をジャンプさせて、脱ぎ去った制服のズボンへ飛びつかせる。

 ポケットから携帯端末を取り出してメッセージを開いた。



 差出人はアリシア・カーライル。タイトルは無し。


「ヨリトモ、いますぐ選択して。やる? やらない? どちらか選んでちょうだい。もしやる、を選んだなら、コンピューターの設定を変更して、SESサーバーのアドレスを変更、ミキサーを666にチャンネルして、通信速度は今のまま、送信設定を……」


 ヨリトモは慌ててパーソナルスペースにもどって設定変更をはじめた。


 やはりそうだ。海賊回線なのだ。


 人形館のネットワークを勝手に使用してバレないように接続する。

 それもシンクロルの手前と後だけ自前なわけだから、人形館側には知られにくい。

 借用しているのは、地球のシンクロルだけで、あとは自前。これなら人形館側がヨリトモのアクセスを妨害しようと思ったら地球からのすべてのプレイヤーのアクセスを止めるしか方法がない。



 ヨリトモと同時に頼朝は、デスクに飛びつくと、焦って震える指先でワークステーションのキーボードを叩いた。





 巨大な包丁に似た大剣の刃が、カオリンの細くくびれたウエストに迫った。

 間合いが深く、後ろにかわすのは難しい。すぐ背後はハンガーがあって、飛びのこうにもスペースがない。

 ラズベリーが悲鳴をあげたが、ケメコは落ち着いて跳躍した。


 軽く姿勢制御のバーニアを吹かし、きれいな側方宙返りをうってハンガーを跳び越し、着地する。


 ドラミトンがぎくりと驚いてカオリンを凝視し、画面の中のムサシも口をぽかんとあける。


 スラスターを使ってのジャンプならば上手いやつなら難なくこなす。しかし、いまの側方宙返りは、ほとんど手足を使って行ったわけだから、すくなくとも普通の肉体でトランポリン無しでそれができなければ不可能な動きだ。


「すごい! ケメコ!」ラズベリーが手を叩く。「新体操の選手みたい」


「へへん、プラグキャラはこんなだけど、本当のあたしは運動神経抜群のナイスバディーなんだからね」と鼻の下を指でこする。


「あ、そういえばケメコのお父さん、バレリーナだって言ってたね」


「いや、バレリーナはお母さん。お父さんは歌手だよ」


「あれれ」ラズベリーは首をかしげた。「そうだっけ? 歌手なんて話はじめて聞いたよ?」


「はじめて言ったもん」ケメコは苦笑した。「日本じゃ有名な歌手なんだ。で、あたしはその隠し子。こんな話、話せる奴、あんた以外いないからなぁ」

 ケメコは大口をあけて豪快に笑った。


「ケメコ、左っ!」

「うわっ」


 ハンガーを迂回したドラミトンが切り込んできた。

 大剣をビームセイバーで受け止めようとしたが、超高励起プラズマ力場域の刃といえども、実剣の大剣を片手で受けて止められるものではない。大剣はそのままカオリンの左肩の装甲板を切り裂いた。左手の神経接続が切れる。


 コックピットにまで届く衝撃が背後から、ごーん!ときた。

 はっと振り向くと、ニンジャがバズーカの砲口をこちらに向けていて、背中の反物質スラスターに直撃弾が突き刺さっていた。

 左面のモニターが白色光で焼きつく。機体が殴られたように揺れ、警報が鳴り響く。カオリンのダメージ画面が真っ赤になった。


 バランサーがイカれ、カオリンがずーんと後ろに倒れる。

「ラズ! 復旧は?」シートの中で太った体をじたばたさせて、ケメコが叫ぶ。神経接続がおかしくなって、カオリンが全然動かない。


「時間がかかります」ラズベリーの悲痛な叫びがコックピットにこだまする。

 カオリンのカメラアイが死んでいる! 首も動かない!

「くそっ、なんとかしろっ!」


 コックピットのモニターで確認すると、ニンジャ・アグレッサーがラスト・ジェノサイダーとかいうバズーカ砲をベルゼバブに向けている。


「やめろ、バカ!」ケメコは身を乗り出して画面に叫ぶが、ムサシは無視してトリガーを引いた。



 赤い火を放つロケット弾が発射され、ベルゼバブの黒い装甲にオレンジ色の噴射炎を映り込ませながら突き刺さった。


 直撃の爆炎がぱっと広がってベルゼバブの機体を包み込む。

 赤い炎が球形に広がり、デッキの壁を燃やした。




「やったか?」

 ムサシはベルゼバブの残骸を探して目を凝らした。


 立ち上る炎と黒煙が視界をうばい、状況が把握できない。カメラアイの暗視モードを起動するが、めらめらと立ち上る炎が映像を焼きつかせ、目がちらちらするばかり。



 やがてゆっくりと薄れはじめた黒煙の中で、何かが動いた。勢いを衰えさせ始めた炎の中、ゆっくりと黒い影が立ち上がる。


 影は赤い炎も濃い煙もものともせず、一歩、二歩と前に進み、飾りの翼や角のいっさいないシンプルなシルエットを闇の中に浮き上がらせる。


 ピピピという警告音がニンジャ・アグレッサーのコックピットに響き渡り、敵機を意味する赤いマーカーが正面パネルの中央に点灯する。



 やがて黒煙を割って姿を現した一機のカーニヴァル・エンジン。

 鍛え抜かれたキックボクサーのような筋肉質の逆三角形のボディー。飾りの角や小翼は一切ない。

 のそりと前に踏み出したそいつは、尊大な態度で、カメラアイの両眼を炯けいと光らせ、周囲を睥睨した。


 息を呑んだムサシが、呻くようにつぶやく。

「ベ、ベルゼバブ……」


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