第7話 出撃! 悪魔のカーニヴァル・エンジン

1 2対1


 アリシアのハンガー番号を口頭で伝えたら、思いっきり間違えて全然ちがうハンガーに案内された。


 ここじゃないということに気づくのが遅れたケメコも悪いが、そもそもハンガー番号を聞き間違えるヘルプウィザードなんぞ、ラズベリー以外にいないに違いない。


 着艦口から分岐を間違えて全然ちがうデッキの全然違うハンガーに案内され、「ビュート、ビュート」と呼びかけたが返事がない。

 アリシアにはここからでは連絡がとれないから、訳が分からず立ちすくんでいると、シューターを通してハンガーの本来の持ち主が現れ、重カーニヴァル・エンジンのキャッスルナイトが姿を現し、立ちすくむカオリンを胡散臭げに眺めて発進していった。


 そのあたりでケメコは間違いに気づき、ラズベリーに正しいデッキへ移動を指示した。

 トランスポーターを経由してデッキを移動し、中央の自走路へのってアリシアのハンガーを、指示番号を確認しながら探す。



 カーニヴァル・エンジンのデッキはまるで巨人の集団墓地である。

 中央を走るカーニヴァル・エンジン用の巨大な自走路の左右に寝台ともいうべきハンガーが等間隔に並び、あらゆるカラー、あらゆるデザインの機体が死者のように横たわっている。あまりにデッキが縦に長いため、自走路で結構移動しても突き当たりの壁は見えない。


 高さ数十メートルの天井が床と触れ合う辺りは、靄がかかったようにかすんでいる。


「あれ、何かしら?」

 ケメコは行く手に立っているカーニヴァル・エンジンを指さした。


 通常カーニヴァル・エンジンはハンガーから立ち上がったら、そのまま自走路に入って発進する。

 戻ってきたときはその逆だ。しかしそのカーニヴァル・エンジンはハンガーとハンガーの間の、中途半端なところに立って、なにかしているようだった。



 ケメコはカメラアイのズームを入れて、視野を拡大した。


 妙な塗装のカーニヴァル・エンジンが大型のバズーカ砲を肩に担いで壁方向を照準している。『ニンジャ・アグレッサー』と機体データが表示された。ケメコは壁の方に視線を動かした。


 もう一機、ハンガーの間に立っている機体がいる。

 独特なずんぐりしたシルエットは表示データを見るまでもない。ドラミトンだ。

 そして壁にはりつくように立っているさらに二体の機体。一機は別のドラミトン、そしてさらに手前の黒いカーニヴァル・エンジンの表示データは、ベルゼバブ……。



「しまった」

 ケメコはさっと全身の血の気が引くのを感じた。自走路の上でカオリンを走らせる。シフトレバーを2にいれてスラスターペダルを踏むが、始動しない。


 ラズベリーが「あ、ダメですよ。艦内ですから」とのん気に警告してくる。


「くそっ」ケメコは手を伸ばしてオプションスイッチ群の7番を押した。


 コックピットの左上でごん!という不快な爆発音が響き、画面の中でラズベリーの額がぱっと爆ぜ、彼女が頭から血煙をあげてのけぞった。



 ニンジャがバズーカを撃とうとしている。

 ケメコは右腕をあげて手首に装着されたメーザーガトリングの銃口をニンジャに向ける。

 敵味方識別がまだ完全に死んでいない。ニンジャをまだ敵と判定してくれないので照準レティクルが出ない。


 ケメコは舌打ちしつつもペダルを踏み込む。

 カオリンの背中で主スラスターの可変ギミックが作動して噴射ノズルが開いた。ジャンプペダルを踏み込んでレンジ2の加速を行う。


 ピピピと警告音が響いてロックオンカーソルがきた。

 操縦桿の方のトリガーを引く。青い光の弾が連なってニンジャの機体に突き刺さり、何発かが外れて奥の天井を切り裂いた。


 しかし直撃のはずだ。

 ニンジャがすっ飛んで倒れる。直前に発射したバズーカのロケット弾が上にそれて天井を破壊し、鉄材がデッキの床に降り注ぐ。


 ケメコはカオリンを跳躍させ、ニンジャと敵のドラミトン、ベルゼバブが描く三角形の中心に着地させた。



 敵のドラミトンは恐るるに足らない。飛び道具の携帯火炎放射器を持っているが、大した武器ではないし、なんといってもドラミトンだ。

 ケメコは左手のリストに装備されたビームセイバーを抜き放ち、ドラミトンを牽制しつつ、右手のメイザーガトリングをニンジャのいる方へむけた。さっき弾丸が直撃したはずだが、反応が消えていない。撃墜には至っていないのだ。


 ケメコは胸ポケットからメモリースティックを抜いてコネクターに差し込んだ。手早くラズベリーのバックアップをロードする。


 じりじりとドラミトンが位置をずらしてくる。ケメコはビームセイバーの、バーナーの炎のように青い切っ先を向けながら、破壊されたハンガーの影から立ち上がるニンジャにロックオンする。



 2対1。

 分が悪い。左右から挟まれている。ベルゼバブをかばうためとはいえ、まずい位置に立った。


「ケメ……コ」ラズベリーが頭を抱えながら画面にもどってくる。額から赤い血が流れてプラチナブロンドの髪を汚している。しかし頭にカチューシャはない。


「平気かい、ラズ?」

 ケメコは早口に確認する。


「状況が理解できないよ。なにこれ? なんで敵機に囲まれてるんですか?」


「話すと長いんだよ」


「敵機から通信回線がきてます。開きますか?」


「ああ」

 右の通信画面に隻眼の男が映る。


「アリシア・カーライルではないな。おまえ、誰だ? なぜわれわれの邪魔をする」


「あたしはケメコ。あんたは?」


「おれはムサシ。カシオペイア将軍の命令でこの機体を破壊しにきた。おまえ、プレイヤーキラーのようだが」


「カシオペイア? ああ、あのクソ真面目白髪野郎か」


「……ケメコ」ムサシの隣の画面に、ベルゼバブのヘルプウィザード、ビュートが姿を現し、囁くように告げる。「ヨリトモさまは?」


 ケメコは目線の動きをムサシと回線をつないだ双方向画面に気取られないよう、ビュートに否と合図を送る。

 あいつはまだきていない。


「おねがい」ビュートは腹話術にちかい小声で伝えてきた。「ヨリトモさまの身体をちょうだい」


 ってったって……。

 ケメコは険しい顔をする。


 いまカオリンは2機のカーニヴァル・エンジンに挟まれて動きが取れない。

 ヨリトモ・ボディーは、腰の弾帯ラックに装着された保護カプセルの中に入っているが、連絡がこない以上ヨリトモが接続してきていないことは明白だ。


「お・ね・が・い」ビュートは声にださず、口の形で繰り返す。


 ええい、ままよ。ケメコはこころの中で叫んだ。


 ビュートの映っている画面に思い切り顔を向けて叫ぶ。

「アリシア、今よ! 撃って!」


 こちらの表情を画面越しにうかがっていたムサシがぎょっとして周囲を見回す。ドラミトンの注意も同時にそれた。


 ケメコは、メーザーガトリングをニンジャの頭上めがけてぶっ放す。

 左手のビームセイバーでドラミトンを牽制しながら、肩をまわしてトリガーを引いたまま、メーザーガトリングの銃口をドラミトンの頭上に向け、デッキの天井をえぐるように掃射して、二機の頭の上へ破壊した天井の鉄材を降り注がせた。


 たちこめた黒煙とホコリの中、敵の視界がさえぎられた隙に、ベルゼバブに飛びついて、腰のラックから保護カプセルを取り出し、ベルゼバブの搭乗口に近づける。

 三重の装甲ハッチは主人の接近を感知して開いたが、ヨリトモはまだ接続してきていない。

 搭乗口は結構大きいので、そのまま保護カプセルごと中に放り込む。すぐにハッチが閉じたが、ヨリトモがこなければベルゼバブは起動しない。起動しなければライトニング・アーマーも反重力スタビライザーも作動しない。

 このままでは伝説のユニーク機体もただの鉄塊と変わらないのだ。



 たちこめる黒煙の中、ニンジャ・アグレッサーがバズーカを構えた。ロケット弾が発射される爆光に反応して、ケメコは思わずベルゼバブの機体をかばって砲弾の前に立つ。直撃の衝撃とともに、胸のライトニング・アーマーが欠落し、警報が鳴り響く。もう一発くらったらやばい。

 ケメコは今の発射光めがけてメーザーガトリングを連射した。



 横から大剣が斬りつけてくるのに反射的に反応し、身を沈めて逃れた。

 もう一機のドラミトンが背中の大剣を抜いたらしい。剣というよりはキングサイズの包丁みたいなデザインをしたおかしな刃物で、柄頭が巨大な拳のレリーフになっている。


 一度逃れたカオリンを追ってドラミトンが踏み込み、一回転させた刃が深い角度でカオリンの胴を薙いできた。間合いが深い。下がるのは間に合わない。


「ケメコっ!」ラズベリーが悲鳴を上げる。


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