4 ワイルドストーン小隊

 

「大ニュース大ニュース!」

 石野裕一が大声を上げながら教室にとびこんできた。

「おおい、ワイルドストーン小隊集合してくれぃ!」




 ワイルドストーン小隊とは石野たちが仲間とつくった『スターカーニヴァル』のチームである。

 前から参加している高橋ナオキや最近はじめた古田なんかが中心になって結成したチームで、小隊長は石野、副隊長が高橋ナオキ。補欠メンバーで吉川真澄も半ば強制的に参加させられており、どういうわけか衛生兵として頼朝まで仮メンバーにされていた。



 自分の机の周りにメンバーを集めた石野はクラス中に聞こえる大声で話しはじめる。


「これは芙海の聖騎士団員ファンクラブ・メンバー会話仲間チャッターから聞き出した情報なんだけど、なんでも今晩、芙海が『スター・カーニヴァル』に接続するらしいんだ」


「え? どういうことだよ?」古田が身を乗り出してたずねる。「芙海が普通の接続するの? プレイヤーとして?」


「そりゃそうだよ」石野は当たり前だという顔でうなずいた。「いいか、新曲発表のイベントでは芙海は普通にカーニヴァル・エンジンに乗って参加するんだ。ということは、ある程度の訓練はどこかで受ける必要がある。当然何週間か前から第六艦隊の旗艦に接続して初級チュートリアルくらいは受けていたはずさ。ファンクラブのやつの話だと、なんでもあのカシオペイア将軍が芙海の訓練を担当しているらしい」


「うおっ、マジ?」高橋ナオキが興奮して拳を振り上げた。「カシオペイア将軍と苺野芙海かよ」


「ああ」

 だまれとばかりに、石野はみなの注意をひく沈黙を挿入した。

「ところがだ。訓練は芙海のスケジュールが空いた時間に通常のサーバで接続して、旗艦の周囲の空間でオープンに行われているらしいんだ。つまり、時間帯さえ合えば芙海と一緒に飛べるんだよ。ロックすれば名前も見られるし、回線接続を要求して会話した奴もいるって話なんだ。新曲発表は明日だろ? ところが今晩、リハをかねて芙海が接続するのはほぼ確実なんだ。だから、今晩旗艦ユリシーズの周囲を飛んでいれば、彼女と出会う可能性があるんだよ。なあ、ワイルドストーン小隊で編隊組んで、今晩旗艦ユリシーズの周囲を飛行してみないか? もしかしたら芙海と会えるかもしれないぜ」



 小隊のメンバーは口ぐちに興奮した言葉を投げあい、合流の約束をした。


「ねえ、吉川さんも来ない?」大声で石野が真澄に話をふる。


「うーん」少し離れたところに立っていた真澄はすこし困った顔で頼朝の方を見る。


「おい、小笠原も来いよ」石野が真澄の視線を追って頼朝に話しかける。「おまえもうちの小隊のメンバーなんだからよぉ」


 頼朝は無視を決め込んだ。


 真澄が頼朝の席に近づいてきてたずねた。

「ねえ、メッセージ、読んだ?」


「え?」頼朝は驚いてポケットの中の携帯カード端末をとりだした。しかし、表示画面がつかず、ランプも消えている。バッテリーがなくなっていたらしい。


 あちゃーと思ってたずね返す。


「いつ送ったの?」


「ごめんなさい、きのうの夜……」


「ちょっとまって」頼朝はとりあえず電源ボタンを押してみる。大抵は少し残ったバッテリーで短時間なら起動する。


 びくりと反応したように画面が明るくなった。起動アニメーションが終わって通常のトップ画面になると、メッセージが届いている警告が出ていた。


「ごめん、いま読む」


「うん。恥ずかしいから、どっか行ってる」

 真澄はちょっとだけ顔を赤くして自分の席にもどってゆく。


 頼朝はメッセージ・ボックスをひらいた。受信しているメッセは2件。「吉川真澄」と「アリシア・カーライル」。


 頼朝は椅子を蹴って立ち上がった。


 アリシアからのメッセージ!


 これは瞬間通信機シンクロルを通して1万光年のかなたから届けられたメッセージだ。

 内容は見なくてもわかる。「お元気ですか?」なんて挨拶のメッセージを彼女は送らない。出来たのだ、用意が!



 頼朝は周囲を見回した。

 何人かが頼朝の方を見ている。期待したような石野の視線。睨むような松田大樹の、余裕をとりつくろった表情。


 時間はあるのだろうか? 帰ってから繋いでも間に合うような状況なのだろうか?


 ピーと鳴って再びカード端末の電源が切れた。


 ない。

 余裕はない。


 頼朝は結論づけた。

 いまアリシアは敵陣のただなかに孤立しているし、ベルゼバブもビュートも一緒にいる。あの時切断されてから何度かメッセージを送ってみたが、返事は来なかった。届いていないのかもしれないが、メッセージ回線も考えてみれば人形館のものだ。受信したり送信したりすれば、追跡される可能性がある。その危険を冒して今回アリシアがメッセージを送ってくるということは、緊急事態だからだ。



 頼朝は机の中の教科書類を大急ぎでスポーツバッグに詰めだした。後ろの席の本間さんがおどろいて、「どうしたの?」ときいてくる。


「急用ができたんで、帰る」バッグを肩にかけると、クラス中の視線を浴びて頼朝は急ぎ足に教室をとびだした。



 廊下を駆けぬけ、昇降口から外にとびだす。


 しまった。この時間だと郷田は校門の外には待機していない。走って帰れば時間がかかる。家までは近いようだが、それはいつも車できているからで、走ればかなりの距離だ。郷田を呼んで車で帰るのが結局は早い。


 頼朝はカード端末を取り出し、しまったと思った。


 バッテリーがない。

 郷田を呼び出し、すぐ来てくれるよう話し終えるまで、バッテリーはもってくれるだろうか? もたなかったら、それっきりだ。走って帰るか?


 頼朝は校門を飛び出し、左右を見回した。

 カード端末の電源を入れ、郷田のナンバーをコールしつつ走り出す。呼び出し音が数回鳴ったところで、再びピーと電源が切れた。やはりだめだ。


 頼朝はあきらめて通りを渡り、一番ちかいコンビニにとびこむ。店内を走って一周し、携帯端末の非常用充電器を引っつかむと、レジに走った。

 乾電池で充電するやつだ。金を払うのもそこそこに外に飛び出し、充電器を差し込む。バッテリーに電気がたまるのを少しだけ待っていると、逆に郷田から電話がきた。


「どうしました?」


「悪い、大至急迎えに来てくれないか。非常事態なんだ」早口にいう。


「どちらまで?」郷田の声は落ち着いている。


「校門でいい」


「6分待ってください」


 通話は切れた。頼朝は端末の電源を切って、校門にゆっくり向かう。


 さっき全力疾走してしまったから、息がすっかりあがっている。もっと鍛えないとダメだ。郷田が到着するまで、6分。正直そんなに待ってられるかという気分だが、家まで走るのより絶対早い。


 頼朝は校門の前にスポーツバッグを放りだし、地面に腰を下ろした。


「おい、小笠原。授業さぼってどこ行くつもりだよ」

 背後から声をかけられて、頼朝はびくっと振り返った。


 そこにはポケットに手を突っ込んだ松田大樹が、三浦と酒井を従えて立っている。


 頼朝は立ち上がってケツの埃をはらった。

「高校は義務教育じゃない。ぼくはぼくの意思で早退する。松田くんにとやかく言われる筋合いはない」


「んだと、こらぁ」面白いことを聞かされて笑顔をつくった松田は腕を伸ばし、頼朝の制服のワイシャツをつかんだ。


 松田は上背も腕力もある。強い力で引き摺られて頼朝は前にのめったが、脚をふんばって抵抗した。


「偉そうなこと、ほざいてんじゃねえぞ。このガキ」


「その手を離せ」

 頼朝は低いところから同等の視線で睨み返し、きっぱりと命令した。


「んだと」

 松田は激昂し、頼朝を突き放すと、拳をふるった。


 人に殴られたのはこれが二度目だった。松田の拳が頼朝の頬骨の下、奥歯の上あたりに激突して、がくっと視界が揺れた。


 かっと頭に血が上って、頼朝は思わず両手を高く構える。ムエタイの構え。


「んだ、そりゃ」


 もう一度松田は興奮して拳を後ろに引き絞り、頼朝の方へ踏み込んでくる。郷田が見せてくれた動きに比べると、もの凄く遅いし、見え見えだ。やれる。蹴りが入る。そう思った。

 松田が拳を振り回し、頼朝はしかし腕で軽くさばいて後退した。教えられたステップだ。


 松田はバランスを崩し、倒れないように足をさらに踏み出し、そこで止まった。ボクシングのように拳を胸の高さまで上げているが、あれならガードの上からこちらが一方的に殴れると頼朝は確信した。



「おーい、松田―。授業はじまるぞ」石野が茫洋とした声でこちらに歩いてくる。手に携帯端末をもっている。「なにしてんだ? アクションの練習? 面白そうなんでカメラで動画保存しちゃったけど、公開してもいい?」



 石野はにやりと笑いながら、松田の前にたつ。

 松田は苛立った表情で目線をそらした。


「小笠原みたいなバカは放っといて、教室もどろうぜ」

 石野は酒井と三浦をうながした。二人がもどる意思を明確にしたので、松田もしぶしぶ歩き出す。

 石野は酒井と三浦の肩に腕をまわして歩きながら、頼朝の方を振り向き、ちいさくうなずいた。


 高くガードした腕をおろし、頼朝は小さく敬礼する。

 『スターカーニヴァル』で使われるアイアンアームという形の敬礼だ。

 石野はにっと笑って前を向き、一瞬後ぎょっとして振り返ったが、頼朝はすでに背中を向けて走り出していた。


 郷田の車が到着したのだ。予定より3分も早い。



 後部座席に飛び乗った頼朝への、郷田の最初の一言は、「あそこでハイキックが入りますよ」だった。


「見てたのかよ」


「あんな面白いもの、見ないやつがいますか?」


 頼朝は苦笑した。

「でも、ごめん。教えられた通りに蹴れなかった。やっぱ人を殴ったり蹴ったりは、なかなかできないよ」


「まあ、それが普通の感覚ですね。大事なことですよ」

 郷田は一気にアクセルを踏み込んで前の車を強引に抜き去った。

「もしかしたら警察に追われるかもしれませんが、家までは止まりません。到着したら私にかまわず坊っ……、頼朝さまは行ってください」


「あ、その頼朝さまは勘弁してくれ」


「ちょっと変ですかね、やはり」


「いや、そう呼んでいい人は一人だけなんだ」


「じゃあ、無難に頼朝くんとでもしておきますか」


「うん。そうだね」

 結果として警察には見つからなかった。



 頼朝は家に入ると階段を三階まで駆け上がって部屋にとびこむ。運良く母親は外出中。そういえば今朝から旅行鞄を開いて大騒ぎしていた。


 スポーツバッグを放り出し、ワークステーションを起動する。オーエスの立ち上がりを待つ間にネクタイを緩め、無線カスクを頭にのせる。

 制服のズボンを脱ぎきらないうちに現実がゆらぎ、もう一つの身体が生成された。ジャージを穿きながらパーソナルスペースから『スターカーニヴァル』のゲーム空間へ入室した。


 赤い照明がともり、「お客様の入室はサーバー側から拒否されました」の警告音声が響いた。


「え?」ヨリトモはおどろいて周囲を見回す。

 そんなバカな……。


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