3 将軍の機体は、まさかのアレ
ジェロニモはいつも遅れてくる。
ムサシもさすがに慣れたようで30分すぎても文句を言わなかった。ただ五番艦ヒパパテプス級の甲板上で40分立ちっぱなしというのは、さすがに腹にすえかねた。
ニンジャ・アグレッサーに搭乗したムサシはジェロニモの指定した一番のライン内で相手を待っていたが、約束の時間を40分すぎてもジェロニモは現れなかった。しびれを切らしたムサシは、クロノグラフでジェロニモを呼び出そうとしたが、ちょうどその時高速で接近する機体がムサシのそばへ直線的に着地してきた。
「ジェロニモ、てめえ……」ムサシは耐え切れずに声を張り上げた。「なんだ、その機体はっ!」
「おいおい、ベテランプレイヤーのあんたが知らないわけじゃあるまい。ドラミトンだよ」ジェロニモは悪びれた様子もなく説明する。「初期機体のドラミトン。普通は最初にこれに乗るんだ。最低のデザイン、最低の性能、最低の人気。だれもが知ってる愛すべき最低の機体」
ジェロニモは嬉しそうに解説した。
もうバカバカしくて説教する気にもなれない。
これからベルゼバブを破壊しに行こうとという時に、ジェロニモのバカは初期機体のドラミトンで出撃してきたのだ。しかも肩の階級章には将軍を意味する三つ星が輝いている。
一体どこにドラミトンに乗った将軍がいるというのだ。ふざけるにも程がある。
おまけにワースト・パーツの誉れ高い拡張ショルダーアーマーまでつけていた。これは機体が重くなるだけで、防御性は全く上がらないという、装着してはいけないパーツというものを初心者に教えるためだけに存在するようなパーツだ。
ただ、やはり機体性能に不安があるのか、背中にはムサシの見たこともない大剣が背負われていた。
有名な歌手のイベントの打ち合わせがあるとかで合流できないカシオペイアは艦内破壊が可能な武器と許可証をムサシに渡し、ベルゼバブの破壊をジェロニモと共同で行うようムサシに依頼してきたのだ。
「ま、いいか」
半ば諦めムードでムサシは肩をすくめた。
ニンジャ・アグレッサーの関節可動範囲は異様に広く、肩をすくめたりうなだれたりの複雑な動作を行うことができる。ムサシは楽しむように肩をすくめてジェロニモをうながした。
「いこう。とっとと片付けちまおうぜ、つまらない仕事はさ」
ニンジャ・アグレッサーは背部ウエポン・ラックに装備された『ラスト・ジェノサイダー』をぽんと叩いた。
これは、カシオペイアが用意してくれた味方を攻撃できる武器だ。
大型で連射性と速射性に劣り、おまけに破壊力も低い。だが実は、良心回路に問題がなくとも、味方を攻撃できてしまう武器なのである。一部では使いどころのまったくない武器、ネタ・ウェポンとして有名だ。
だが今回のケースでは、このラスト・ジェノサイダーならば、母艦のデッキ内でも発砲できるし、ハンガーの奥深くに潜んだベルゼバブもデッキの床ごと攻撃できる。
動かない敵機を破壊するのはいささか後ろめたい気持ちもあるが、ま、これも軍人の仕事だと思えば納得もいく。
ムサシはニンジャ・アグレッサーを飛び立たせた。
五番艦ヒパパテプス級の外部甲板から飛び上がって、後部の着艦口へ向けて飛翔する。
ジェロニモのドラミトンが、さすが将軍と思わせるきれいな弧を描いてムサシの斜め後ろにぴたりとつけてきた。
旋回に入ろうと操縦桿を引いて、ムサシは「うっ」と呻いた。……曲がらねえ。
あわててフットスラスターを使って向心力を増やそうとするが、オーバーパワーであるはずのニンジャ・アグレッサーは岩のように頑として動かない。
無様に旋回円を乱したニンジャ・アグレッサーの脇を、すかさず反応したジェロニモのドラミトンがぴたりと編隊を崩さずついてくる。
「すまねえ」ムサシは謝った。「よく接触しなかったな」
「ああ」画面の中でジェロニモが無表情に答える。「最初はよくやるんだ。はじめて上級機体に乗ると、曲がらなくておどろく。オーバーパワーの上級機体は、反重力スタビライザーの効きが強い。旋回時には、それを弱める必要があるんだ。方法としては、普通は、シフトを下げる」
反重力スタビライザーとは、推力を機体全体に均等に与える力場域である。
そもそも反物質スラスターが生み出す強烈な加速力は、カーニヴァル・エンジンの機体を破壊しかねないが、この反重力スタビライザーが、機体と装備品を含むすべての部分に均等に加速力を与えるために、余分なストレスなく安全に機体をフル加速することができるのである。
当然強い加速度Gから機体やパイロットを守ることもできるし、激突や落下の衝撃といった物理ダメージもかなり吸収することができる。
通常の宇宙空間での旋回は、加速時にこの反重力スタビライザーの効きを、左右で変えて旋回するディファレンシャル・エフェクトが使われる。
が、ニンジャ・アグレッサーのように推力の高い機体では反重力スタビライザーの効力が強く、左右で効きを変えると機体が破損しかねない。そこで反重力スタビライザーの効力が弱いレンジ2や3での旋回がコントロールのコツとなる。
もっともムサシは初心者というわけではないので、ディファレンシャル・エフェクトではなく、操縦桿を引いて反重力バーニアによる姿勢制御での旋回を試みたのだが、中以上のシフトでのニンジャ・アグレッサーの反重力スタビライザーは効果が大きいため、その姿勢制御すらかなりの抵抗をうけることになるのだ。
これは中級までの機体ではあり得ない挙動である。
「ちっ、めんどくせえ」ムサシは負け惜しみをいいつつ、シフトを2にさげて操縦桿を引いた。
今度は回頭性が良過ぎて回しすぎた。あわてて逆にいれて針路をもどす。まるで乗れてない。「くそっ」ムサシは小さく毒づいた。
ジェロニモの手前、なんとしてもオートで着艦はしたくない。なんとかコースに乗せて着艦口にとびこむ。
「レンジ1にもどしてください」
ジュウベエに警告されて、あわててシフトレバーを1に入れる。艦内ではレンジ2以上のパワーとスラスター噴射は禁止されているのだ。
今回も冷や汗もんだったが、がくんと派手に減速フィールドにつかまって自走路に着地した。
ハンガーナンバーをジュウベエとジェロニモに告げ、自走路の分岐をベルゼバブが隠されているアリシアのハンガーに向けてゆっくりと移動してゆく。
今回はパーキングエリアに駐機せず、カーニヴァル・エンジンの足で歩いてアリシアのハンガーの前に立った。
前回壁に立てかけたままのドラミトンがいい目印になってくれた。
「ここか?」ジェロニモが一歩さがって自分のドラミトンを待機させる。「どうする? ハンガーごと吹っ飛ばすのか?」
「いや」ムサシはニンジャ・アグレッサーの首を横に振らせる。「今回は強制キーをカシオペイアが用意してくれたから、ベルゼバブを外に出すことができるはずだ。極力艦内の破壊は控えていくつもりだ」
ムサシはニンジャ・アグレッサーの左手を伸ばしてハンガーのサイドにあるアクセス・グリップをつかんだ。
情報回線がダイレクトに接続され、ハンガーの情報がコックピットから確認できる。左コンソールの情報画面に偽の情報が表示されたが、強制キーを始動させると、それらが消失して、『ベルゼバブ』の機体名が表示される。
ムサシはほっとした。
通信画面にベルゼバブのヘルプウィザードが出てきて大騒ぎしないので、もしやすでにベルゼバブごと逃亡されたかと思ったが、杞憂だったらしい。今もこの中にベルゼバブはおり、ヘルプウィザードもとうとう観念したということらしい。
ムサシはパネルをタッチしてベルゼバブを選択した。
プレイヤーがハンガー内を見ることは出来ないが、内部は立体駐車場のような構造になっていて一つのハンガーに7機までのカーニヴァル・エンジンが格納できる。カーニヴァル・エンジンを収納した巨大カプセルが床下の空間で回転し、ベルゼバブを納めたカプセルが一番上にまわってきて、ハンガーの天蓋がゆっくりと開いた。
台座がせり上がり、漆黒の機体が上昇してくる。
「ほう」ジェロニモが低く声をあげた。
ガンメタリックに塗装された黒い機体。
派手な翼や角は一切ない。鍛え抜かれたキックボクサーの肉体を思わせる曲線的で複雑にからみあった筋肉のような装甲板。逆三角形の胸、くびれたウエスト。太い腕と腿。頑丈な拳と、巨大なフットスラスター。
近接戦闘専用カーニヴァル・エンジン、ベルゼバブ。
ひさしぶりに見るが、眠っていても妖気を放つような機体である。
しずかに眠るベルゼバブの傍らには、身の丈ほどもある獣刀カスール・ザ・ザウルスが刀架にのって身を休めている。
「はじめよう」ムサシは唾をごくりと飲み込んだ。パイロットがいなければ、ぴくりとも動かないベルゼバブだが、これからこいつを破壊すると思うとやはり恐ろしい。どうしてもあの夜、300機を相手に一歩も引かず戦ったあの姿が甦って、震えが来る。
ニンジャ・アグレッサーとドラミトンは動かないベルゼバブの両わきに腕を差し込んで持ち上げると、前回ビュートが投げつけてムサシが壁に立てかけておいたドラミトンの隣に、並べて立てかける。
ドラミトンが数歩離れ、ムサシも通路の反対側まで後退した。
背部ウエポンラックからラスト・ジェノサイダーを抜き放ち、肩にのせて照準器にカメラアイをくっつける。
神経接続された視覚を通して、ロックオンカーソルが動き、対物モードで照準した。弾数は6発。
ライトニングアーマーの動いていないカーニヴァル・エンジンはただの鉄くずで、デッキの内壁より少し丈夫な程度だ。おそらく一発で破壊できるだろう。
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