2 欲しい物は全部手に入れる

 

「できてない? できてないって、どういうことだよ」


 ケメコは表情を失って、コンソールにかじりついているアリシアの背中を見詰めた。


「まだできてないわ。ただそれだけのこと」

 いらいらとアリシアが背中を向けたまま答える。


 ケメコは一瞬爆発しかけ、なんとかこらえると、すうっと息を抜いて肩を下ろした。


 アリシアの隣のシートに腰をおろして、画面を起動する。

 ハンガーの状態を呼び出してカオリンの修理状況を確認した。すでに完了しており、そしてそれは良心回路の回復とラズベリーの復旧を意味する。

 ケメコは無意識に指にはさんだメモリースティックを唇にあてた。




 アリシアはそっと様子をうかがうようにケメコを盗み見る。

「ごめんね」ぼそぼそとアリシアは口をひらいた。


「いま昼休みだから」ケメコはカオリンのステイタス画面を眺めながら答えた。「お弁当食べながらつないでる」


「いま食べてるの?」


「ああ」ケメコは頭のうしろで腕を組む。


「同時にできるんだ……」とアリシアは驚いてケメコを見つめる。


 確かに、本体で食べながら、プラグキャラでしゃべるのは難しい。が、ケメコはカーニヴァル・エンジンの操縦は下手でも、こういうのは得意なのだ。



「ねえ、ケメコ。昼休みは何時まで?」


「きょうは少し余裕があるんだ。あと一時間くらいかな」


「こちらの接続回線はあと30分もあれば確立すると思うの。ヨリトモ・ボディはきっちり仕上がってるから、どうだろう、さきに出発して、ヨリトモ・ボディだけでもベルゼバブのところに置いてきてくれないかしら?」


「ああ、いいけど」ケメコはアリシアの方を見た。「ヨリトモ・ボディだけ置いておくのは危険なんじゃないのか? ヨリトモがすぐに接続できればいいが、時間がかかるようなら身体だけ放置することになる」


「ベルゼバブのコックピットに入れておけば安心だわ」


「ベルゼバブごと破壊される可能性もあるぞ」


「どっちも要るの」アリシアはにやりと笑った。「どっちも、どれも、全部。欲しい物は全部手に入れるわ。ただのひとつも失わないの」


「へっ」ケメコは鼻先で笑って立ちあがった。「そのただのひとつの中には、あたしのカオリンも含まれてるんだろうな?」


「カオリンどころか」アリシアはケメコの手に持ったメモリースティックを顎でさした。「あんたのヘルプウィザードも入ってるつもりだけど」




 ケメコは小さく肩をすくめて歩き出した。自動ドアをくぐり、背後でドアが閉まるのを確認してからデッキへむけて通路を全力疾走した。


 大型艦とちがって小型の快速艇にシューターはない。カオリンのある格納デッキまで走り、ハンガーの上に横たわるカーニヴァル・エンジンに飛び乗る必要がある。

 ただしこちらのハンガーは床に埋まった形式なので、機上に渡されたメンテナンス用のキャットウォークから飛び降りれば簡単にコックピットに到達できる。


 ケメコは太った体に不似合いな身の軽さで搭乗口の脇に着地すると、クロノグラフの認証で三重の装甲ハッチを開いてカーニヴァル・エンジンの内部にとびこんだ。


 倒れた状態のパイロットシートへ、ラダーバーをつかんで器用に体を回転させてすべりこませる。シートがコックピット内に上昇しているうちにベルトを締め、ヘッドセットを頭に被らせた。



「オーケー、アリシア。カオリン、起動するよ」


 ケメコの報告をまたずに、すでにハンガーが回転している。


 快速艇はデッキが小さいので、カーニヴァル・エンジンが歩き回らなくてすむよう、デッキが回転して機体をそのまま射出カタパルトへ装填する仕組みになっている。


「おはよう、ケメコ」

 すこし眠そうなラズベリーの声がした。

 流れるような金髪に、銀色のカチューシャが光っている。以前はきれいなアクセサリーだと思っていたが、これがラズの心を縛りつけている行動規制プログラムだと思うと憎たらしい。

「だいたい、いけるよ」


「だいたいってなんだ。どこが動いてない?」


「ちょっとライトニング・アーマーと反重力スタビライザーにエラーがあるだけ」


「ばっかやろ。どっちも重要なシステムじゃないか。エラーがあったら発進できないぞ」


「平気平気」ラズベリーはひらひらと手をふる。「射出してからも復旧できる軽微なエラーだから。行っちゃおうよ、ケメコ」


「ほんとうに平気なんだろうな?」


「ちょっと左胸のあたりがむずむずするだけだって」


「ちっ」ケメコは小さく舌うちした。

 良心回路に圧力がかかってるのか。とすると注意しないと、母艦に侵入する前に敵味方識別が壊れてしまっては意味がない。ケメコは胸ポケットの中にあるメモリースティックをパイロットスーツの上からそっと撫でた。


 右のコンソールにあるオプションスイッチ群のひとつに、アリシアが特別につけ加えてくれた装置の始動トリガーが割り振られている。

 通常のカーニヴァル・エンジンには装備されていない装置で、正体は小型爆弾。7番のスイッチを押すとカオリンの左胸の中に仕込まれた爆弾が爆発して良心回路を粉砕する仕組みになっている。

 いざとなったら、あのスイッチで良心回路を破壊して行動することも一応は可能だ。


 ただし、もとに戻すにはハンガーに帰るしかない。一回敵に回ったら、都合よくは元にもどれないということだ。


 ケメコはシフトレンジ1の状態でペダルを踏み込んだ。

 それがコントロール・スイッチとなって、カタパルトが始動する。

 カタパルトに装填された状態のカオリンが強烈な加速力を与えられ、打ち出された弾丸のように円筒の射出管内を疾走した。

 数百メートルの射出管も、この高速ではピストルの銃身くらいの長さに感じる。あっという間にカオリンは力場エアロックを突き抜けて、水の壁にめりこんだ。


「え!?」

 ごんという衝撃とともに機体がゆれて、シートが背後から蹴飛ばされたように震える。ライトニングアーマーが白熱して警報が鳴った。左右のスポイラーギアが一発でイカれて可変しなくなる。「ちょっと、ここって水中だったの?」


「ごめん、言い忘れてたわね」アリシアが雑音のおおいレーザー通信で伝えてくる。「敵の追跡器の目から逃れるために海底300メートルに潜んでたのよ。でも、あんたのウィザードもそれは知ってると思うんだけど、警告はなかった?」


「そういうことをラズベリーに要求しても無駄なの」

 ケメコは憮然と答え、泣きそうな顔でカオリンのダメージを確認する。

 インフィニティーは軽装甲の高速機体であるため、小翼や細くくびれた部分が多い。急激な加圧や打撃には弱い設計なのだ。

 スポイラーが動かなくなった他に、肩と頭の小翼が千切れているのを確認してさらに泣きそうになる。不幸中の幸いというか、とりあえずライトニングアーマーと良心回路は無事で作戦行動には支障なさそうだ。



 スロットルを絞って低速で海面にむかう。

 カメラアイの受光帯域を変えて水中での視力を得ようかと一瞬考えたが、どうせすぐに海上にでてしまうからと、あきらめる。外へ出てしまえばどうせまた受光帯域をもどさねばならない。ケメコは暗い海中でカオリンを、水面でゆれる太陽光めざして垂直上昇させた。



 どうせ垂直上昇するのなら、カタパルト発進するメリットなんて全くないし、射出で機体を破損したのだからやらない方がよかったくらいだ。

 ぶつぶつ文句を言いながら、カオリンが海上に飛び出すのをまってフルスロットルをくれた。



 可変反物質スラスターを最大展開して、スポイラーは動かないから諦めるとして、フットスラスターも噴射しての最大加速。


 レンジ5で最大加速するとライトニングアーマーが吹き飛ぶから、3にしたり4にしたりしながら、アーマーゲージを見つつ加速する。


 空気は上にあがるほど薄くなるから気が楽だ。じわじわと速度を上げながら上昇していると、ある段階でふいに空が暗くなりはじめる。そうなればもう空気抵抗の心配をする必要はない。レンジ5に上げて到達限界速度まで加速し、スラスターの焼け付きに注意しながら4に落とす。が、やっぱり不安で3にした。


「ラズ、五番艦の位置を確認できるかしら?」


「え? 五番艦? 五番艦なんかになんの用があるの?」


「うっさいわねえ」ケメコは通信チャンネルを切り替えながらラズベリーに指示をとばす。「今日のあたしは一味ちがうからね。いい? ラズベリー、五番艦の位置をいますぐ確認して対物コンパス固定。着艦するわよ」


「マニュアルで?」


「うっ……、いや、オートで……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る