4 ビュート・ストライク!
「ちょっとあんたたち、失礼にもほどがあるわよ! もう絶対許さないんだからっ!」
ビュートはきーっ!と叫んで画面の中で地団駄を踏んだ。
ぶるぶると地面が震動しだして、ハンガーの天蓋が開いた。
ムサシとカシオペイアが見上げると、中からドラミトンの特徴的なボディーがせり上がってきているのが見える。こちらの位置は、機体の足元方向になるので、二人はハンガー内から上昇してきたドラミトンの足の裏を見上げる形になる。
ハンガー内には複数の機体がしまえるので、ベルゼバブ以外にドラミトンが入っていたとしても不思議はない。しかし、あれはどういう意味なんだろう?
ふたりが不思議そうな表情で台上に横たわるドラミトンをながめていると、油圧ジャッキが始動してカーニヴァル・エンジンの寝台が角度をつけ、ドラミトンのずんぐりした機体をゆっくりと起き上がらせてゆく。
ムサシとカシオペイアが見守る前でドラミトンを立ち上がらせた寝台はさらに起き上がり、直角を通り越して……。
「おい、こりゃやばいぞ」
ムサシは叫んで走り出し、走り出してから、自分の前をすでに走っているカシオペイアを見つける。
寝台の上に横たわっていたドラミトンは、寝台が起き上がるにつれて直立し、さらに寝台の角度がついたために、前にのめるように倒れこんできた。
人間の10倍の身長があるカーニヴァル・エンジンは5階建てのマンションにちかい。
それがムサシとカシオペイアのいる方向に倒れてきた。二人は血相変えて走りつづけ、スローモーションで倒れこんでくるドラミトンの影の下から逃げ出した。
一機のカーニヴァル・エンジンが転倒すればデッキの床そのものが波打って走ることはできない。ムサシとカシオペイアは床に投げ出され、頭からすっ転んだ。
「な、なんてことしやがる」さすがのムサシも声が震えた。「ヘルプウィザードのやることか?」
振り返るとハンガーから放り出されたドラミトンが顔から床に突っ込んで、ハンガーと自走路にかけて機体をめりこませている。
「さすがに、焦ったな」
カシオペイアが青ざめた顔で立ち上がる。
「ヨリトモに撃墜されたときは、ことによるとキャラロスするかと覚悟したが、今回は本当に死ぬかと思った」
「どうするよ」ムサシは腕をさすりながらカシオペイアを見る。「あのウィザード、下手なプレイヤーキラーより手強いぞ。普通ここまでやらねえだろう」
「おれに文句をいうな」カシオペイアは冷静に答えた。「まだ実弾をもってそうだな」
ここでいう実弾とは、ハンガーに格納されたカーニヴァル・エンジンのことである。「正面から近づかなければいいが、根本的解決にはならん。ここはひとまず出直そう。ここでも使える武器を用意して、つぎに来るときはハンガーごと破壊する。それでいいだろう」
「一時撤退かよ! おれとお前が雁首それえて撤退か? それってどうなんだよ」
「艦内の破壊許可をとる。味方を撃てる武器もいる。アリシアめ、考えたな。ここではカーニヴァル・エンジンは、武器はおろかレンジ2以上のパワーも使えない。何日か待ってくれ。すぐに手配する」
「ちっ」ムサシは大きく舌打ちした。「たかがヘルプウィザード相手におれたち二人が撤退とは……」
「おい、ムサシ」カシオペイアはクロノグラフで時刻を確認しながら口を開いた。「お前、時間はあるか?」
「ああ、あるよ。このあと残りの人生分ある」
「悪いんだが、おれは行かなきゃならない。で、たのみがあるんだが、あれをどかしておいてくれないか?」
「あれ?」
ムサシはカシオペイアが指差した先を見た。そこにはつんのめって倒れこんだドラミトンがある。
「あのままにしておくわけにはいかない。自走路にはみ出しているしな。すまないが、どかしておいてくれると助かる」
「あ、いや……」
もしニンジャ・アグレッサーをもらった直後でなければ断っていたかもしれない。
人形館から先払いで新型機体をもらってしまっていては嫌ともいえず、考え様によってはニンジャ・アグレッサーを使えばドラミトンを持ち上げるのも大して苦労すまい。
「ま、仕方ねえな。あとは任しとき。ハンガーの上にもどしても、どうせまた倒してくるのに使うだろから、少し離れた壁に立てかけとく。それでいいか?」
「十分だ」カシオペイアはすでに背中を向けていた。「許可が下りたら連絡する。その時はたのんだぞ」
カシオペイアはさらばとばかりに手をあげて去っていった。
ごんごんと天蓋を閉じたハンガーが洗濯機の脱水みたいな音をたてていた。稼動している自動補修機の前でケメコは難しい顔をしている。
「なあ、やっぱ良心回路って修理しなきゃならないのか?」
傍らのデスクトップにかじりついてキーボードを叩いているアリシアに声をかけるが、無視された。
アリシアは青い軍服の上着をシートの背もたれに放り投げて、上半身は薄手の白いティーシャツ一枚。この惑星の女が全員そうなのか、それとも彼女だけが特別なのかは知らないが、どうもノーブラらしい。もっとも、彼女の胸はぺったんこなので、その必要はないのだが。
だまってハンガーをみつめていると、しばらくしてアリシアが口をひらいた。
「ヘルプウィザードのこと気にしてるの?」
「ん? ああ、まあ、ちょっとね」
「しかし、ヨリトモ・ボディーをベルゼバブのもとに届けるには、良心回路の修理は必須だし、スラスターも直ってなければ話にならないわ」
画面から切れ長の目をあげてケメコを見たアリシアは、仕方ないとばかりに肩をすくめて見せた。
「可変反物質スラスターを修理して良心回路だけ直さないってわけには行かないのよ。修理はハンガーが自動でやってくれるから、こちらで選択することは不可能なの。いまベルゼバブのヘルプウィザードが良心回路だけ修理しない方法を探してくれているはずだから、結果がでるまでちょっと待って。でも次は母艦に侵入する必要があるから、良心回路が直っている必要がどうしてもあるの」
「ああ。わかってるって」ケメコは答えた。「あたし、そろそろ切断するけどいい?」
「え、もう?」ちょっと哀しそうな顔でアリシアが振り向いたので、ケメコはちょっとだけ逡巡した。「悪いね。そろそろ寝る時間だ。仕事が忙しくてね。いまは睡眠時間けずってゲームしているようなもんなんだ」
「ま、そうだろうね。あんたらにとっては、これは結局はゲームだ」ぎろりと睨んでアリシアはいった。
ケメコはかすかにうつむく。
「ごめん」
アリシアは嘆息した。
「つまらないこと言った。でもね、これだけは覚えておいて。近い将来、ここの戦争があなたたちの世界にも飛び火する日が来るわ。だから、今はゲーム感覚で楽しんでくれて構わない。でもいつか、これが現実になるかもしれないってことだけは、心の隅に留めておいて」
「わかった」
アリシアの真摯な目をまっすぐ見つめて、ケメコは答えた。
「たしかにあたしにとっては、遠い宇宙のあんたの生き死によりも、いまの自分の生活のつまらない日常の方が大事なのかもしれない。それは否定しないよ。でも、少しずつでも変えていこうと思う。いまこの瞬間にも銀河系の命運をしょいこんで戦っているあんたみたいな女がいることを、少なくとも今のあたしは知っている。すぐにはダメな自分を変えられないかもしれない。でも、少しずつ、近づいていくつもり。あんたみたいな、戦う女に」
アリシアはふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「ねえ、ケメコ。あんたどうして、そんな太ったプラグキャラ作ったの? それ、身体データ取り込んでるわけじゃないでしょ。あたしは、女ってものは少しでも美しくありたいと願う生き物だと思ってたんだけど、あなたたちの惑星ではちがうのかな?」
「ああ、これね」
ケメコは信楽焼きのタヌキみたいな腹をぽんぽんと叩いてみせた。
「いや、こう見えてもさ、あたし男にモテモテでね。毎日袖にするのが一苦労。ゲームしてるときくらいうざったい男どもに寄りつかれないよう工夫したのさ」
「あれ?」アリシアはぎくりと聞き返した。「もしかして身体データ取り込んでた?」
「だから、わざとやってるっていってるじゃない! 本当は男にモテモテなの!」
「あらそう」アリシアは苦笑した。こうして女同士で話すのも何年ぶりか。
ピリピリと呼び出し音がなって、ケメコはポケットの携帯電話をとりだした。
「あれ、あたしじゃないな」
「え?」アリシアは驚いて、クロノグラフをのぞいた。「あたしか」
回線をコンソールに繋いで双方向画面をひらく。大写しで黒い髪を頭の上でふたつに縛った少女が姿を現した。
「アリシアぁ、たいへーん」泣きそうな甘え声で叫んだ少女は、次の瞬間けろっと表情をもどして目をぱちくりさせた。「あれ? ケメコ、あんたなんでここにいるの?」
「はいぃ?」見ず知らずの少女にいきなり呼び捨てにされて、ケメコは声を裏返らせた。「あんた、だれよ」
「あ、これ、ベルゼバブのヘルプウィザードでビュート」アリシアが画面を指差す。「知り合い?」
「知らねえよ」ケメコは獅子鼻に皺を寄せて否定した。「他人の機体のウィザードと顔を合わせる機会は普通ないからな。もっともベルゼバブとは一回共同戦線張ってるから、そんとき覚えられたのかも知れないな」
「なぁに、偉そうなこと言ってるのよ」ビュートはいきなり噛みついた。「あたしのカオリーンとかって半ベソかいてたくせに」
「んだと、ごらあ」ケメコが画面に摑みかかろうとして、アリシアが抑える。
「ちょっと、あんたたち、やめなさいよ。で、ビュート、何か用事なんでしょうね。これって緊急回線なんだけど。長話してると追跡されちゃうわよ」
「そうだ、アリシア、大変」
ビュートは両手を合わせて拝むような仕草をした。
「カシオペイアに見つかっちゃったの。とりあえず一度は撃退したんだけど、あいつ、絶対もどってくるよ。このままじゃあ、ベルゼバブが壊されちゃう。どうしよう?」
「まずいわね」アリシアは顎に手をあてた。「でも、一度は撃退したのね?」
「うん、ごめんね、あなたのドラミトン、投げつけちゃった」
「は?」アリシアは意味が分からず首をかしげた。「いやまあ、いいわ。善後策を考えましょう。カシオペイアといえども勝手にハンガーを破壊することはできないわ。おそらくそれ専用の味方艦内でも使用できる武器と、艦内の破壊許可が必要なはず。いくらあいつでも一日かそこらはかかるはずだから、それまでにこっちは海賊回線を確保して、ヨリトモ・ボディーをあんたのところに届ける。それまで待ってて」
「うん、わかった」ビュートはしおらしくうなずく。「いつになるの?」
「今晩徹夜で作業すれば、回線はなんとかなると思う。あんたんところへは、ここにいるケメコがヨリトモ・ボディーを運んでくれるから」
「ええー、アリシアじゃないのお?」露骨に嫌な顔をするビュート。
ケメコは無視した。
「あたしはだめ」アリシアは諭すように首を横にふる。「同時に快速艇を発進させて、上空でベルゼバブを拾わなきゃならないから。そのままリニア・ドライブで逃げる必要があるでしょ。ところで、ねえ、ケメコ。明日は何時に来られる?」
「明日ももちろん仕事なんだからね」と言いつつもケメコは腕組みして考える。「仕事中に抜け出す。逆に何時ごろになる? トイレいってるくらいの時間で終わらせられるかしら?」
「でっかい方って言えばだいじょぶよ」画面の中でビュートが舌を出している。
「あんたんとこの時刻で正午くらい」アリシアはクロノグラフの世界時計を確認して応えた。
「なんとかするよ」
「よし。ビュート、あんたもそのつもりでいて。ヨリトモにはあたしから連絡する。ちゃんと来てくれると助かるんだけど。とにかく先手必勝。やられる前に尻に帆かけて逃げることにしよう。機体の準備しておくのよ」
「任せてよ」ビュートはどんと胸をたたいた。「
「あいつなら、来るんじゃないの?」なんとなくつぶやいてしまい、ケメコは口をつぐんだ。画面を見ると何か言いたげなビュートの視線と目が合う。
「じゃ、そろそろ帰るかな」丸縁メガネをずり上げて、ケメコはブリッジに向かい、隅に設えられた寝台にはいった。
この世界でいうプラグキャラとは、精巧に作られたテロートマトンである。だから充電器を兼ねた特殊な寝台に固定して接続を切る必要がある。人形館の母艦ならば、自動帰着機能が働いてどこで切断しても特定の寝台にもどっていくのだが、良心回路の呪縛を解いてしまった現在のケメコは、専用の寝台か、少なくともカオリンのコックピットに自分でもどる必要があった。
ケメコは、ロッカー状の扉を開いて人型にくりぬかれたウレタンマットの中にプラグキャラの身をうずめる。
「あとで、連絡するわ」機械にかじりついたままのアリシアが、内線で伝えてくる。
「
そういってケメコは切断した。
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