3 故障かな?
ニンジャ・アグレッサーの永久機関エマモーターが高速回転を開始した。エネルギー・レベルを示すゲージがどん!と伸びる。もの凄い吹き上がりだ。
「反物質タンク、エントリー。シンクロル始動。エマモーター回転アイドル。デミマッスル収縮率7。良心回路正常起動。反物質スラスター点検プログラム、スタート。各センサー、チェック終了。ライトニング・アーマー展開。ムサシさま?」
「おう」ムサシはニンジャ・アグレッサーの腕をあげてデッキの床に手をついた。「どうした?」
「この機体は長い時間眠っていたので、バッテリーが空です。またタンクに入っている反物質も少量です。エマモーターをフル稼働させればある程度の貯蔵ができますが、どうします? いまエマモーターをフル稼動するとステルス・テクスチャーが止まることになりますが」
「あとだ。五番艦まで移動できればいい。おそらく今晩は戦闘はない。移動だけだ。いくぞ」
ニンジャが立ち上がった。
脇腹のベンチレーターから熱風が吹き出し、周囲に陽炎が立ち昇る。コックピット右の警告画面に、反物質の枯渇とステルス・テクスチャーの欠損が表示されている。
ムサシはゆっくりと左右を見回すと、ウエポン・ラックからアサルト・ライフルを取り上げた。
「アサシン・マヒルか。すげー銃、装備してやがる。おい、ジュウベエ。ビームソードは装備されてるか? 超高励起プラズマ力場域のやつ」
「はい、左肩に一本」
「二本必要だ。次までになんとしてもそれだけは揃えるぞ」
「記録しておきます」
ムサシはニンジャ・アグレッサーを自走路に飛び乗らせた。軽い、反応が速い。
ランプからグレイト・ホールに出て、星空の中へ飛び出した。
レンジ2で、反重力スラスターの反応を見て、ペダルをじわりと踏み込み機体の挙動を見る。一気に踏むとそれだけでスピンしそうだ。
満点の星空。左には赤い惑星カトゥーン。ペダルを最後まで踏みたい衝動を抑え、カシオペイアを探す。
「ジュウベエ、あいつはどこにいる?」
「右です。三番艦の下、グラップラー3機を従えてソロモンがいます」
「一応、対物コンパス合わせといてくれ」
「イエッサー」
「あ、それとジュウベエ。イエッサーじゃなくて、そうだな、御意ってのにしてくれ」
「あ、はい。ムサシ、御意、です」
シンクロルにカシオペイアのソロモンが表示されている。
「ムサシか? ニンジャはどうだ?」
「ああ。いいね。いい贈り物だ」
「ベルゼバブの場所はどこだ?」
「五番艦だ、アリシア・カーライルのハンガー」
「ほお。それはたしかに盲点だったな。ま、言われてみれば彼女はプレイヤーキラー判定を食らう前から不正アクセスしていたわけだから、合理的な結論ではある」
ソロモンが噴射してムサシの前方を横切り、五番艦への着艦コースにきれいに乗せてゆく。
ムサシもニンジャ・アグレッサーをコントロールし、オーバーパワーの機体を制御しながらラインに乗せてジュウベエに着艦許可をとらせた。
着艦はふつうオートパイロットを使う。
コースに進入したら減速フィールドに捉えられて強制的に既定の速度にされ、自走路へランディングされるのだが、ムサシの前を飛ぶカシオペイアはオートパイロットを外していた。マニュアルで、噴射炎がムサシにかからないよう、低めのラインで着艦口へ進入してゆく。
簡単そうに見えるが、もの凄く難しいことをカシオペイアはこともなげにやっている。ライバル心を燃やしてムサシもマニュアルで進入した。
前を行くカシオペイアは制動力の弱いレンジ2で減速に入っている。
驚くほど早いタイミングでカシオペイアは減速を開始して、そのまま的確なスピード・コントロールで減速フィールドに突入した。ムサシが舌を巻くほどの完璧な操縦だ。どこで減速フィールドに捉えられたのか、見ていただけでは分からなかった。
「ちっ」計器の表示を見て進入コースを補正し、速度計を確認しながら、ムサシも着艦口に進入する。
「速度、ちょい速です」ジュウベエが報告する。
「ちっ」舌打ちして逆制動をかけるが、レンジ2では減速は緩やかだ。間に合わねえか?と焦った瞬間、減速フィールドに捉えられ、がくっとつんのめるように引っ掛かってニンジャが自走路にランディングした。
ちょっと速すぎて無様だったが、許容範囲ではあったらしい。ムサシは自走路をたどって目的のハンガー手前のパーキング・エリアにニンジャを駐機した。隣にはすでにカシオペイアのソロモンが止まっている。
「またせたな、カシオペイア」
「いや、そうでもない。その機体、難しくないか?」
「いや、かなりイケてる。オーバーパワーの軽量機。ピーキーなところがたまらねえ。それよりおまえ、そのソロモンは壊されたんじゃなかったのか? もしかして2機目?」
「ソロモンは各カラー揃えている。さ、アリシアのハンガーに案内してくれ」
二人はそろってカーニヴァル・エンジンから降りた。
「どこだ?」カシオペイアにうながされてムサシは先にたって歩いた。
アリシアのハンガー。思えば足を運ぶのはこれが初めてだ。
番号を確認し、クロノグラフのマップと照合して、間違いないことをたしかめる。
「ここだな」
ムサシは天蓋の閉じたハンガーに歩み寄ると、画面にレッドバッヂをかざした。
使用者はアリシア・カーライル。本名や住所、電話番号が表示されるが、どれもひと目見ていいかげんな物とわかる。
アメリカのアメリカ市? どこだ、それ。本名がアリシア・カーライルで、所属がアメリカ大学。電話番号は555ではじまっている。いいかげんにしてくれ。
所有機体は、アザスやスコーピオン、デスウィングといった有りがちなものが並んでいるが、詳細表示させると画像が出てこない。
ムサシは現在修理中の機体を、天蓋を開いて外に露出させるコマンドを実行したが、ハンガーは無反応。もう一度レッドバッヂをかざすと、デスクトップの画面に十二、三歳くらいの黒髪の少女がどアップで現れた。
きらきらした黒い髪を頭の上で触覚みたいにふたつに縛っている。ジャングルパターンの迷彩ジャケットを羽織り、機関銃の弾帯を両肩に襷がけにしていた。
黒目がちの瞳をいからせ、気の強そうな口を引き結んでムサシとカシオペイアを睨みつけている。
「なんだ、これは?」
横から覗き込んだカシオペイアは憮然として画面を指差し、ムサシをふりかえる。この画面に人の顔が映ることはないといっていい。
「なんだとはご挨拶じゃない? カシオペイアのくせにっ!」
少女は噛み付くように声を張り上げた。
「あんたたち、ここに何しに来たのよ。とっとと失せなさい。あんたたちなんかに、用はないんだから!」
「なんか、すごい怒ってるな」カシオペイアが手を伸ばしてキーボードを操作してみるが、画面は切り替わらない。「故障かな?」
「まあっ、失礼しちゃう! このベルゼバブのヘルプウィザード・ビュート様をつかまえて、故障呼ばわりは、あわわわ……」
あわててビュートは両手で口をおさえた。
「やはりベルゼバブはここにあるみたいだな」カシオペイアは冷静にムサシにうなずく。
ムサシは二人のやりとりを聞きながら「ぷっ」と吹き出してから、カシオペイアの肩ごしに画面をのぞきこんだ。
「おまえがビュートか。ヨリトモから聞いてるよ。ベルゼバブの修理は終わったのか?」
「余計なお世話よ」眉毛をつりあげてビュートは憤慨した。「あたしもあんたのこと知ってるわよ。ムサシでしょ。『エアリアル・コンバット』で弱い者いじめ専門だったパイロット。なんちゃってサムライ」
「なんじゃこりゃ」ムサシはへちゃむくれた顔でカシオペイアを見上げた。「たしかに変なヘルプウィザードだな。これ、ちゃんと仕事できるのかな? なんかヨリトモがかわいそうになってきたぞ」
ビュートはきーっ!と叫んで画面の中で地団駄を踏んだ。
「ちょっとあんたたち、失礼にもほどがあるわよ! もう絶対許さないんだからっ!」
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