2 ベルゼバブ発見
ムサシはすぐに検索を開始した。
検索開始のボタンを押して周囲を見回す。
薄暗い室内は、ぎっしりと並んだ作業用コンソールに、びっしりとならんだテロートマトンどもがかじりついている。魚の鱗みたいにきちんとならんで、一体何を操作しているのやら。
ムサシは立ち上がり、次の卓に移動した。
ひとつの卓だけで検索すれば時間がかかる。よって複数の卓で同時に複数の条件で検索するのだ。
ムサシはまず、「惑星攻略」の日に破損して、修理している機体を検索した。絞り込みでそれ以降出撃していない物を探す。
さらに「惑星攻略」の日以降、ポイントを得ていない機体も同時に検索した。あの日以来ポイントを得ていなければ、当然ハンガー使用料が引き落とされているはずだが、それが落ちていないハンガーも同時に探す。ポイントを得ておらず、そのくせハンガー使用料も払っていない機体があれば、それは不正コードだ。
長い時間をかけたがヒットはしない。
次に火器を装備しない機体を検索したが、怪しいものは発見できない。出てきた数百の機体はどれも両手が砲になったタイプのみで、手に銃器はもてないが、銃器自体は装備している機体である。
どうやらデータの改竄は完璧で、ここで検索している以上ベルゼバブは見つけられない。となると、どうする?
やはり次の手を考えるしかないようだ。
ムサシは立ち上がり、動かしていたコンソールをつぎつぎと切っていった。
最後の卓にさしかかったとき、そこには撃墜数の表示が出ていた。
短期間にカーニヴァル・エンジンを撃墜した記録だ。
もちろんベルゼバブの118という数字はなかった。
そもそもカーニヴァル・エンジンを撃墜するのはプレイヤーキラー討伐のときだけだ。
撃墜記録自体がそれほどあるわけでもない。多くて2機、艦隊トップには7機という驚異的な数字が表示されていたが、これは腕もさることながら、7機ものプレイヤーキラーに会った幸運の方がすごい。機体はレアだが最強といわれるグリフォンだった。
ムサシはこのとき、ふと不思議な感覚にとらわれて、クロノグラフを開いた。
フレンド登録を開いて検索してみる。グリフォン……、アリシア・カーライルの乗機。あの時ヨリトモが助けた女。惑星カトゥーンの潜入工作員。
クロノグラフに検索結果が表示される。
かっと全身の血が煮えたぎるほどの怒りを感じ、ムサシは思わず「ちっくしょう!」と叫んでコンソールのノンドット液晶画面を拳でぶち抜いた。中から偏光媒質がこぼれだし、どろどろと床に流れ落ちる。
彼のクロノグラフには、『アリシア・カーライル 現在接続中。ハンガー在中』の表示が浮き出ていた。
「あんの、女! まんまと一杯くわされた」
ムサシはぶるぶると怒りに身を震わせた。
接続中? アリシア・カーライルが接続中なわけがない。
あいつは「惑星攻略」のときにプレイヤーキラー判定をくらっているのだ。当然ヨリトモと同じアカウント停止処分を受けているはずである。
いや、はずであると勝手に思い込んでいた。
そいつがのうのうと接続中? そんなわけがあるか! ハンガー在中? ハンガーにあの女がいるはずがない!
ここだ。ベルゼバブはここにいる。逆にアリシアはいない。
やられた。まんまとやられた。おれはいったいこの4日間、何を検索していたんだ? レッドバッヂ? そんな大げさなもの、最初からいらなかったのだ。クロノグラフを開いて、ためしにアリシアを検索すれば、とぼけた嘘をついているハンガーを一発で発見できたのに。
「野郎! ぶちこわしてやるからな。ヨリトモ、前回おれのニンジャをぶった斬ってくれたてめえのベルゼバブ。留守の間におれがぶち壊してやる」
ムサシはクロノグラフでカシオペイアの番号をコールした。
「なんだ?」ぶっきら棒な返答がかえってくる。
「みつけた」ムサシは息せき切ってマイクに吹き込んだ。「ベルゼバブをみつけたぞ」
「いまどこにいる?」カシオペイアの声が緊張した。「ブリッジか?」
「そうだ。そっちは?」
「外にいる。甲板で合流しよう。レッドバッヂでおれの部屋からシューターに飛び込んでくれ。おれのハンガー直通なんだが、おまえに名義変更した機体が用意されているから搭乗できるはずだ。人形館からおまえ用に支給されてきた新機体だ。
「ロジャー、チェック・シックス」
ムサシはふっと笑ってブリッジを飛び出した。『チェック・シックス』はエアリアル・コンバット時代の挨拶だ。ここでは『
廊下に飛び出してすぐ先のカシオペイアの個室に飛び込む。奥に設置された個人用シューターに飛び込み、変動空気圧の力を借りてカシオペイアのハンガーへ。やつが用意してくれたはずの機体の搭乗口に飛び込んだ。
シートの上に尻から落ちてベルトを締める。すぐにセンサーが反応してシートごとムサシをコックピットに上げてくれる。
「うん?」ずいぶん見覚えのあるコックピットだった。ここしばらくは、使い古したデスウイングに乗っていたが、計器レイアウトにかなりの既視感があった。これは、もしかして……。「ニンジャか」
ムサシは感無量のため息を吐いた。
やはりニンジャはいい。ニンジャはそもそもスペシャル機体だから入手が難しいのだ。ポイントがたまっていればすぐにでも購入したかったが、それをどうやら人形館が用意してくれたらしい。
しかもこのニンジャは……。
計器レイアウトが普通の物とすこし違う。スラスター・トリムが多いということは、ノズルが多数装備されているということだし、エネルギー・ゲインも通常のニンジャの70パーセント増し。シフトを確認すると、レンジが6まであり、その上に「
「ニンジャ・アグレッサーか?」ムサシは全身が興奮に震えるのを感じた。ニンジャ・シリーズで極限最上級機体といわれた幻の機体、ニンジャ・アグレッサーだ。「カシオペイア、あの野郎」
「気に入ったか?」カシオペイアの笑いを含んだ声がきこえる。
「いいのか? こんな高価な機体」
「礼なら、人形館に言ってくれ」
ふっと笑ったムサシは、ニンジャ・アグレッサーの主電源を入れた。各システムが動き出す。
画面がヘルプウィザードのデータをロードするか聞いてくる。ムサシはノーと答えた。新しい機体なら、新しいウィザードに会ってみるのもいい。
「こんにちは」のそのそとしゃべる東洋系の少年が画面に顔を出した。「ムサシさまですか?」
少年は黒い髪を頭の上で複雑に結い、クラシックなタイプの着物を着込んでいる。ゲームに出てくる陰陽師みたいなかっこうだった。
「おまえ、名前は?」
「コスケです」
「ダっサい名前だな。改名しろ。そうだな、ジュウベエにしろよ。いまからお前はジュウベエだ。わかったな、ジュウベエ?」
「ジュウベエですか?」少年はえへへへと笑ってうなずいた。「いいですよ、ジュウベエで」
「よっしゃ、じゃ外に出るぞ。ジュウベエ、各システムどうだ?」
「問題なしです。これはニンジャ・アグレッサーですよ。問題のあるはずがない」
「よし。神経接続を開始してくれ。ゴー! ニンジャ・アグレッサー!」
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