第5話 ベルゼバブ、発見される
1 強くなりたい
ムサシの検索結果を聞いてもカシオペイアは別段反応を示さなかった。
ちぇっ、さては予想通りってことか。まあ、相手はカシオペイア。未来が見える男だ。
「ちっ」ムサシは舌打ちした。
ヨリトモのやつ、うまい名前をつけやがった。
「?」カシオペイアが問うような視線をよこす。
「あ、いや」ムサシはごにょごにょと口ごもり、報告を開始する。
「まず、ベルゼバブは艦隊内にはいない。おそらく快速艇のハンガーだろう。で、その快速艇はリニアドライブを使ってないってんなら、おそらく惑星カトゥーンに潜伏している。これは、それを確認するための調査なんだろ? あとはおれに一部隊あずけてくれれば、すぐに発見して殲滅してやるよ」
「ああ」カシオペイアはにやにやとうなずいた。
「ま、凡庸な解答だな。ではお前の予測通りベルゼバブが奪われた快速艇にいるとしよう。それを操縦しているのは、アリシア・カーライルだ。ではなぜ、彼女は逃亡しない? 惑星カトゥーンに留まる理由はなんだ? 故郷だから? 同胞を救うため? ちがう。あの女にそんな感傷はない。アリシアが惑星カトゥーンに留まる理由はただひとつ。動けないからだ。何かがある。彼女が動けない何かだ。おれの推測では動けない理由はふたつ。ひとつはベルゼバブ、もうひとつはヨリトモだ」
ムサシははっとなった。
「じゃあ、アリシアはヨリトモをここに呼び戻す算段をつけていると?」
「おや? おまえはそうは思わないのか?」カシオペイアは意地悪な視線をよこしたが、ムサシは彼が興奮しているのを敏感に察知した。
「しかし、不正アクセスなんてそう簡単にできるもんなのか?」
「ゲーム空間への不正アクセスってのは難しいな」カシオペイアは笑った。
「そっか」ムサシはうなずく。ここはゲーム空間ではない。ここでプレイしているのは、ボイド宇宙に接続したプラグインキャラクターではなく、遠隔操作で神経接続されたテロートマトン。アリシアは地球のヨリトモと連絡をとって直接回線を開けばいいだけの話なのだ。
ここはアクセスにIDが必要な空間ゲームではなく、遠く離れてはいるが、ごく普通の現実世界なのだ。だれでも無料で参戦できる。
「快速艇なんぞは、ヨリトモとベルゼバブを運ぶための道具に過ぎない」
カシオペイアは口をひらいた。
「だからアリシアほど慎重な戦士が、キャッチされやすい快速艇にベルゼバブを積んでいるとは到底思えないんだ。快速艇ごとベルゼバブが破壊されたら、肝心のヨリトモがもどってきても何もできない。とすると、ベルゼバブはどこにある? 木を隠すなら森の中の例え通り、何らかの方法でデータにマスクをかけて、この艦隊の中のどこかのハンガーに隠してあるとは思わないか?」
「マスクをかける?」
ムサシはおどろいてカシオペイアを見た。
「データを改竄するのか。……しまった。考えてもいなかった。アリシア・カーライルは、現実にこの世界に存在する。ゲーム上にプレイヤーじゃない。ここのシステムに潜入するのは、すでに経験済みなわけだ。……なるほどデータ上は他の機体に見せかけといて、実はどこぞのハンガーにベルゼバブを保管していると、そういうわけか」
「ははは」カシオペイアは快活に笑った。「ま、無理もあるまい。わざわざそんなデータ改竄するプレイヤーはいないからな。だが、再検索しても引っ掛かるか分からないぞ。所詮われわれは、ここのシステムに乗っとって動いているだけのプレイヤーだ」
「もう一度検索してみる。今度はポイントの動きと出撃履歴で追ってみる。明日まで待ってくれ」
真っ暗なコックピットに青白い明かりが四角く灯った。
サブ画面の中に頭を二つに結った黒髪の少女が浮かびあがり、涙の浮いた目で誰もいないコックピットを見つめる。
「……さびしいよぉ、ヨリトモさまぁ」
ぽつりとつぶやいたビュートは、流れ落ちる涙を堪えようとせず、シートの上に投げ出されたヘッドセットをぼんやりと見詰める。
本当にヨリトモさまは帰ってきてくれるのだろうか? もしかして今頃、他に夢中になれるゲームを見つけて、そこのキャラクターたちと楽しげに遊んでいるんじゃないだろうか? そして、あたしのことなんかすっかり忘れて……。
ビュートはぶるぶると首を振ってバカな考えを打ち払った。
帰ってくるよ。ヨリトモさまは絶対にここに帰ってくる。だから、今は自分のできることをきちんとやろう。いつヨリトモさまが帰ってきてもいいように用意をしておこう。
「そうだ」ビュートはつぶやいて、ヨリトモが次にこのコックピットに入ってきたときに最初に起動するシステムを考えることにした。
もしヨリトモさまがこのコックピットに今度もどってきた時に一番最初に動かすのは何?
ビュートはちょっと考え、元気良く手を上げて答えた。
「はい! ライトニング・アーマー!」
まず頼朝は基本的な構えから教えられた。
ふだん使われていないガレージの隅にサンドバッグが吊るされ、ホコリくさい空気の中、郷田がやるように腕でガードをつくり、脚の位置を不自由な角度にして立つ。
郷田が教えてくれたのは、ムエタイ式のパンチとキックで、基礎体力つくりをこれでやろうと言われた。全身が写る大きな鏡を部屋から運んできて、それに自分の構えを映して見る。
ほぼ正対して鏡のまえに立ち、肩幅にひらいた脚の片方を半歩ひき、重心は絶えず前足に七割かける。拳は目の高さ。テレビで見るボクシングよりかなり高い。
「ガードをあげておけば、相手のガードした腕の上から加撃することもできます。逆に腕が下がっていると、ガードの上から肘うちなどを叩き込まれることがあります」
郷田は次にステップを教えた。
「足は、動く方向の足から出します。前へ行くときは前の足から、右へ行くときは右の足から。脚をクロスさせるのは、打撃を受けたとき倒される危険があるので絶対にやりません」
頼朝は構えを維持した状態で前後左右に動くことを延えんやらされた。立っているときは、後足の踵を浮かせる。
ろくすっぽ運動をしていなかった頼朝にとって、踵を浮かせることでも重労働だ。それを、こんな窮屈な状態を維持して動き回るというのは、かなりの苦痛をともなう。
その日は一時間。構えとステップだけで終わった。
「ありがとうごさいました、先生」
頼朝は格闘技の授業中は郷田を先生と呼ぶことにした。
「では、また明後日。今日のステップはちゃんと練習しておいてくださいよ、坊ちゃん」
相変わらず郷田は頼朝のことを坊ちゃんと呼ぶ。
外は静かな雨が降っているというのに、全身に汗をかいていた。肌がべたついて気持ち悪い。脚と肩の筋肉にいやな痛みがある。
郷田が帰ったあとガレージを閉め、シャワーを浴びに行く。
運動なんかしたことがないので、夜以外に風呂にはいることのなかった頼朝だから、かいた汗をシャワーで流すのがこんなに気持ちいいとはこの日までしらなかった。
こんな自分でも強くなれたりするのだろうかという疑問とともに、何か新しい世界に足を踏み込めば、ただそれだけで大きな発見があることを知らされた。
部屋に戻り、ベッドに横になると、うとうとしてしまい、夕食だと母親に起こされるまで眠ってしまった。
「エアリアル・コンバット」に繋ぎ忘れたなとも思いつつ、食事を済ませると、特にやることもなく、再びガレージにもどってステップの練習をはじめた。
裸電球の明かりの下、鏡に映った自分の姿をにらみつつ、拳を構えていつまでも前後左右に動き続ける。
自分は強くなれるのだろうか?
なにか変わってゆくことができるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます