4 『スター・カーニヴァル』に行ってみた
翌朝頼朝が車に乗ろうとドアに手をかけると、郷田が「きょうは前に乗ってください。後ろに荷物を積んでいるんで」と言った。
おどろいて頼朝が車内をのぞくと、後部シートに黒くて大きいアザラシみたいな代物が横たわっていた。
「サンドバッグです」郷田がにやりと笑った。「うちにある古いやつで、もう使いませんから、坊ちゃんにあげますよ。帰りまでにガレージの支柱につるしておきます。すでに奥様からの許可はとってありますが、あまりいい顔はされませんでしたよ」
「だろうね」頼朝は笑った。「うちのお母さん、そういうの嫌いだから」
頼朝はそのまま学校に行った。
校門のところで車を降りると、吉川真澄が待っており、なにか神妙な顔で彼に話しかけてきた。
「おはよう、小笠原くん。ちょっといい?」
「あ、おはよう。あの、なに?」ちょっと焦って頼朝が答えると、真澄は言い出しにくそうに、「あのね」と切り出した。
「うん」頼朝は彼女が話しやすいように極力やさしい声を出してみる。
「きのう、『スター・カーニヴァル』に行ってみたの……」真澄は許しを請うような視線で頼朝の表情をうかがった。
「え」と声をあげたきり、頼朝は語を継げない。
「ごめんなさい」
「いや、吉川さんがぼくに謝ることないけど……。でもまた、どうして?」
「ゲーム空間に興味があったし、石野くんに聞いたら、やっぱり『スター・カーニヴァル』がいいだろうって言ってて」
「へえ、で、どう?」
「うん」真澄は少し顔を赤らめてうつむいた。「すごく、いい。あのね、最初の基本的な動かし方をやる訓練うけてね。で、ハンガー決めて、機体出して、ちょっとだけ乗ってみたの」
「うん」
「そしたら、操縦席の横のところの画面にヘルプウィザードっていう女の子が出てきて『こんにちわっ』って」
「ああ」
頼朝はあの日、はじめてビュートに会ったときのことを思い出した。最初からあいつは元気がよかったっけ。
「ひとりで行ったの?」
「ううん。石野くんに案内してもらって……。ねえ、小笠原くんも、おいでよ。楽しいよ。一緒に遊ぼうよ」
「うーん」
正直行きたかった。行けるものなら行きたい。みんなと一緒にゲームしたいし、カーニヴァル・エンジンにも乗りたかった。
ただ、あそこはリアルな戦争世界である。そして何より、ヨリトモはアカウント停止で立ち入り禁止の処分を受けている身だ。いっそ親父のIDで入室してしまうとか? いやいや、そういうわけにはいかない。
「ちょっと難しいかな」頼朝はこわばった笑顔で首を横にふった。
「どうして?」泣きそうな顔で真澄が頼朝の目を見つめる。
「いまちょっと習い事はじめてさ。今日からなんだけど。あと、『エアリアル・コンバット』の方がいそがしくて、他のゲームまで手が回らないよ。吉川さんは『スター・カーニヴァル』は、もうずっと続けるつもりなの?」
「わかんない。やめちゃうかも」すこし不機嫌に前を向く真澄。
頼朝はちょっと焦ってたずねる。
「カーニヴァル・エンジンはどんなのに乗ってるの?」
「サターン」
「え? なにそれ? そんなのあるの?」
「強行偵察型」
「ええっ? てっきりドラミトンに乗ってるのかと思った」
「あれ? 小笠原くんってドラミトンなんて知ってるんだ」
「あ、いや。話だけ」
「よう。なんの話してるんだよ」後ろからどんと頼朝の肩を小突いて、石野が割って入った。「相変わらず仲がいいねえ。お二人さん」
「そんなんじゃないよ」頼朝は口をとがらせて、真澄との間に割り込んできた石野をにらんだ。
「なに? なんの話?」石野は馴れ馴れしく頼朝の肩に腕をまわしてきた。
「あ、きのうの『スター・カーニヴァル』の話を小笠原くんにしてたの」
真澄がかわりに答えた。
「おうおう。だからさ、小笠原も来いっての。来ないと吉川はおれたちのチームのマドンナになってもらっちゃうぞ」
「なにそれ」真澄が赤面してうつむく。
「なあ、だから小笠原も来いよ。これも付き合いのひとつだと思ってさ。金がねえなんてバカな言い訳はゆるさねえぞ、お坊ちゃまがよぉ」
「
ふいに真澄がたずねた。
「19日でしょ」さすが石野。即答する。「20日に発売だから、1日まえにイベントやるんだよ」
「もうすぐだね」
「ああ。だから、な。小笠原もそれまでに来いよ。動かし方ならおれが丁寧に教えてやるからさ。簡単なんだよ。神経接続っていって、機体とプラグキャラを直接つなぐんだ。最初は自分の手かカーニヴァル・エンジンの手か分からなくなるんだけど、すぐに慣れちまう。熟練すれば、銃を構えながらロケットペダル踏む超絶技巧なんてのも出来るようになるぜ」
頼朝は吹き出しそうになって口元をほころばせた。
銃を構えながらペダルを踏むのは、基本操作であって超絶技巧ではない。なんだ、石野からしてそのレベルか。頼朝は笑い出しそうになるのを必死でこらえた。
「ねえねえ、石野くん」真澄が質問した。「あたしのサターンってなかなか曲がらないんだけど、なんでかな?」
「え? 旋回? あれはさ、遠心力がかかってるから、速度が高いと曲がらないよ。速度落として曲がるといいんだ。減速用のノズル噴射して速度落とすじゃん。それから操縦桿引いてみ」
遠心力ではない。高いシフトだと、反重力スタビライザーの効きが強いので、旋回しづらいのだ。Gかかかるのを抑える反重力スタビライザーは、機体を安定させる効力があるので、それが強ければ当然機体は旋回しづらくなる。
「あとシフトって使わなきゃいけないの?」
「吉川さんってオートマでやってる?」
「たぶん」真澄はうなずいた。「うちのヘルプウィザードがその方がいいって言ってたから」
「シフトは操作を難しくするから、慣れないうちは使わなくていいんじゃない? おれなんかはディファレンシャル・エフェクトの効きを強くしちゃってるから、使わざるを得ないけど」
ディファレンジャル・エフェクトとは、操縦桿を操作したときの回頭性を、反重力スタビライザーの効きの歪みで補助する設定だ。だが、宇宙空間の実戦では、自動車や車みたいに操縦桿の操作で旋回していたら間に合わないし、ミサイルはもちろん、粒子弾ですら照準追尾でホーミングしてくるから、クイック・ターンを使わざるを得ない。
そのためには、マニュアル操作による素早いシフトダウンが必須の操縦技術になる。
頼朝は教室までつづいた二人の会話をつまらなそうに聞いていた。
そういえば、オートマなんてビュートは一言もいわなかったし、そもそもベルゼバブにそんなモードついているのかな?
第一、ディファレンシャル・エフェクトなんて使ってたら、ベルゼバブは全く曲がらなかった。それこそドラミトンより曲がらない。
これは、もし自分が『スター・カーニヴァル』に行ったとしても、彼らと話は合わなそうだなと思うしかなかった。
石野は、授業のあいだの休み時間にも、わざわざ頼朝の席のそばまできて、真澄とカーニヴァル・エンジン談義に花を咲かせる。
今度の話題はスペシャル機体とレア機体についてで、最強の機体はどれかと言う事。
一般に言われている最強機体は『フェンリル』であり、石野はやはりそれが最強だと力説している。ただ攻略サイトの掲示板では、『グリフォン』が最強という説も多いそうだ。
「問題はさ。そのグリフォンなんだけど、かなりなレア機体なんだよ。つまり現実問題として手に入らない。狙って出す方法を攻略サイトでも検証してるけど、未だに答えは出てないし、なかなか出ないからこそレア機体なんだ。つまり実質入手不可能な代物が最強でも、攻略として意味成さないだろ? だから攻略を考えるなら、やっぱフェンリル狙いだね。フェンリルには標準装備で、レア武器の
「すごいレア機って、どんなのがあるの?」真澄が目をきらきらさせて石野にたずねる。
「やっぱホワイトタイガーかな? インドラってのもかなりレアらしい。あとはバーサーカー機体かなぁ?」
「バーサーカー?」つまらなそうに机に頬杖ついていた頼朝が、顔をあげた。
「おうおう」頼朝が興味をしめしたので、満足そうな笑みをうかべた石野が得意げにうなずく。「ちかごろ話題のバーサーカーの話さ」
「なにそれ?」頼朝は聞き入った。
「なんでも前回の惑星攻略のときに、もの凄い改造コードを使用してサーバーをぶち壊しかけたブラック・ハッカーがいたらしい。そいつがバーサーカー。なんでも捏造機体『ベルゼバブ』ってのを使って他のプレイヤーのカーニヴァル・エンジンを100機以上破壊したそうだ。中には将軍機まで入ってたそうで、あやうくサーバー自体が吹き飛ぶところだったらしい。そいつはその後姿を現してないが、ま、一度きりしか出現してないから、レア度は高いと言えるな」
頼朝はきょとんとした。
バーサーカーとは、おれのこと? そんな名前つけられて、おまけにハッカー扱い。ベルゼバブに至っては、『捏造機体』……。
この話を聞いたら、ビュートは真っ赤な顔して激怒するだろう。
その姿を想像して頼朝は笑いだしてしまった。
石野と真澄は、なぜ頼朝が笑っているのか分からず、不思議そうな顔で見つめあっていた。
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