3 変な方向へすすむ
「うーん」
説明する段になってアリシアは言葉につまる。
そもそもこのキャラクターをぶち殺してカーニヴァル・エンジンを強奪するつもりだった。
どうせこのままでは、このデブは母艦に帰れない。帰れなければこの惑星に置き去りになる。
そこでこのカーニヴァル・エンジンを使って、ヨリトモ・ボディーを運ぶつもりだったのだ。
ヨリトモの身体が艦内にあれば、それでいい。地球のシンクロルと快速艇のシンクロルはまだ手付かずだが、ヨリトモ・ボディー自体の書き換えは完了している。地球から快速艇を経由してベルゼバブ、ヨリトモ・ボディーへと繋がる接続ラインはまだ完成していないが、それが出来上がったとき、ヨリトモ・ボディーにはベルゼバブのそばにいてもらいたい。
そばにいれば、艦隊が移動してしまっても、瞬間通信機シンクロルなら回線は維持できるから、いつでもベルゼバブは動かせる。
とにかく機体であるベルゼバブのそばに、パイロットであるヨリトモの身体を置いておきたいのだ。ただし、アリシアがこの盗んだ快速艇で艦隊に近づくのは不可能だ。すでに敵味方識別は手を入れてしまったから、接近すれば敵として攻撃をうけることになる。だから、安全に敵艦に侵入できる乗り物がどうしても欲しかった。
カーニヴァル・エンジンなら理想的である。
が、こうなったら、ケメコのカーニヴァル・エンジンを修理してヨリトモ・ボディーを運んでもらおう。
修理は快速艇の格納庫にハンガーがあるから問題ない。
そこで修理すれば、良心回路も主スラスターもきちんと補修されて、彼女は母艦に帰れるし、このままゲームも続けられる。交換条件としては悪くないし、しかもケメコはヨリトモと友達だ。文句はないだろう。
「うーん」アリシアの説明を聞いてケメコは考えこんだ。「交換条件の話はわかった。ただ、それだと……」ケメコはちらりと画面に映ったラズベリーを見た。「ラズも元にもどっちまうのかな? なあ、ラズ。修理が終わったあとにさっきのバックアップを入れれば、お前、今の状態にもどるのか?」
ラズは否定を意味する暗い表情でうつむいた。
「もどらないわよ」アリシアがかわりに答える。「ヘルプウィザードの行動規制プログラムは良心回路の中にあるから、修理すればキャラクターは元に戻るわ」
「ふむ」ケメコはアリシアの目をまっすぐ見つめた。「で、もうひとつ質問。あんた、一体何者だい? プレイヤーじゃないよね? ハッカーかなにかの類かい? この空間に忍び込んで何をたくらんでいる?」
「ああ、その話か」アリシアは肩をすくめた。「別に信じてくれなくていいけど、ここはね、『ボイド宇宙』内の『ゲーム空間』じゃないのよ。あんたの住んでる地球って惑星から約1万光年離れた惑星カトゥーン。正確な発音はカフトゥルフ……うまく翻訳されないわね。まあ、なんにしろ、これはゲームじゃなくて、実際の、現実の宇宙戦争なのよ」
めんどくさいので投げやりかつ、端折って説明した。
「けっ」ケメコはさもバカバカしいという顔で横を向いた。「ラズとおんなじこと言いやがる」
「ああ」アリシアは気づいた。
そうか。ヘルプウイザードがすでに説明してるんだ。とはいえ、この話、ケメコは信じるだろうか? いや、受け入れ得るだろうか?
「あーあ」
ケメコはすべて投げ出すように手を広げ、そのままごろんと後ろへ寝転がった。腹の肉がたぷんと揺れる。
「久しぶりに来てみりゃあ、大変なことになってやがるなー。あたしはプレイヤーキラーにさせられるし、ラズはおかしなこと言い出すし。おまけに変な女にとっつかまって、ヨリトモを運べか。だれか最初から順を追って説明してくれよ。一体なんだってんだよ」
「やつらがどこから来たのか、誰も知らない」
アリシアはしずかに語りだしながら、ゆっくりとケメコのそばに腰を下ろした。
「気づいたときあいつらは銀河系に勢力を拡大していた、星間同盟の使者はそう言ったわ。ただしあたしたちは、その頃、ただのゲームだと思って『スター・カーニヴァル』をプレイしていただけだから、本当のところは分からない。ある日ゲームに出てきた巨大ロボットたちが空から降りてきて街を焼き始めた。それ以前に星間同盟から軍部に密使が接触してきていて、人形館があたしたちを潰すつもりであることは分かっていたんだけど、どうにもできなかった。あたしはこう見えても軍人で、特殊作戦を遂行していたの。人形館軍のシステムに浸透し、強力なカーニヴァル・エンジンを奪い、地球人の中に反乱の芽を撒くこと。でも失敗したわ。間に合わなかった。人形館が到着する前に、できればユニーク機体を手に入れて反攻するつもりだったんだけど、出来なかった。あんたたちのカーニヴァル・エンジン隊がこのカトゥーンに降下してきた日、あたしはなんとか手に入れたグリフォンで一人戦ったけど、結局一機でなにが出来るわけもなくてね。カシオペイアが率いる300機のカーニヴァル・エンジン部隊に袋叩きさ。そん時、ヨリトモが助けてくれてさ。あのバカ、ベルゼバブの良心回路を自ら引き千切ってたった一人あたしのために戦ってくれた」
寝転がって目を閉じていたケメコがのそりと起き上がった。
「で、その後ヨリトモのやつはどうなった?」
「なんだ、あんた起きてたのか」アリシアは軽口をたたいてみたが、ケメコは真面目な視線を丸縁メガネの向こうから注いで続きをうながす。
アリシアは肩をすくめた。
「もちろんアカウント停止。ここに来ることができなくなった」
「もしかして攻略ボードで噂になってるバーサーカーって……」
「バーサーカー?」
「地球の『スター・カーニヴァル』の攻略情報ボードで話題になってる。なんでもカシオペイアを含めた100機以上のプレイヤーを撃墜した凶悪なプレイヤーキラーがいたらしくて、バーサーカーと名づけられてた」
ケメコは突然「ぶっ」吹き出し、大声をあげて笑い出した。
驚いてアリシアが見つめる前で、ケメコは巨体をゆすって笑いつづけた。身体中の肉をゆすり、大口を空に向けて開け、気持ち良さそうに大笑いした。
「あいつは本当にすごい」
笑いすぎてメガネがずれた。ケメコはずれたメガネの下に指を突っ込んで涙をぬぐう。
「やることがちがうよ。まさか話題のバーサーカーがあいつとはね」
思い出し、想像して、また笑い出した。
アリシアはぽかんと口をあけて大笑いするケメコを見つめる。
「大人しそうなやつなのにな。やることが派手過ぎる。おい、アリシア。で、ヨリトモを助けるとはどういう話だ。もしかして、あいつをここに呼び戻す計画でもあるのか?」
にたりと口元を歪めてケメコが問う。
「当たり前でしょ」アリシアもつられて口元を歪めた。「あたしの計画はでかいわよ。ヨリトモをここに呼び戻し、ベルゼバブ一機で人形館に挑む。たった一機であいつらの帝国をつぶしてやるのよ」
「よし。その話、乗った」ケメコは手のひらを上にむけてアリシアに差し出した。
どうしていいかよく分からず、アリシアはケメコの手の上に自分の手を重ねようとすると、彼女の手をケメコは下からバン!とはたいた。
おどろくアリシアに、ケメコがにやりと笑う。
「地球式のあいさつさ。あたしもあんたらの反乱軍に加わるよ。面白そうじゃないか。一緒に戦ってやるよ」
「あ、ありがと」きょとんとしてアリシアは答えた。
なにか変な方向に話が進んでいる。
ムサシの検索結果を聞いてもカシオペイアは別段反応を示さなかった。
「で、お前の結論は?」
「え? おれに先に言わせる気かよ」ムサシは抗議したが、はじまらない。仕方なく話し出す。「まず、ベルゼバブは艦隊内にはいない。おそらく快速艇のハンガーだろう。で、その快速艇はリニアドライブを使ってないってんなら、おそらく惑星カトゥーンに潜伏している。それを確認するための調査なんだろ? あとはおれに一部隊あずけてくれれば、すぐに発見して殲滅してやるよ」
「ああ」カシオペイアはにやにやとうなずいた。「ま、凡庸な答えだな。ではお前の予測通りベルゼバブが奪われた快速艇にいるとしよう。それを操縦しているのは、アリシア・カーライルだ。ではなぜ、彼女は逃亡しない? 惑星カトゥーンに留まる理由はなんだ? 故郷だから? 同胞を救うため? ちがう。あの女はそんな感傷はない。アリシアが惑星カトゥーンに留まる理由はただひとつ。動けないからだ。何かがある。彼女が動けない何かだ。おれの推測では動けない理由はふたつ。ひとつはベルゼバブ、もうひとつはヨリトモだ」
ムサシははっとなった。
「じゃあ、アリシアはヨリトモをここに呼び戻す算段をつけていると?」
そして思わず笑みがこぼれる。
「おや? おまえはそうは思わないとでも?」カシオペイアは意地悪な視線をよこしたが、ムサシは彼が興奮しているのを敏感に察知した。
「しかし、不正アクセスなんてそう簡単にできるもんなのか?」
「ゲーム空間への不正アクセスってのは難しいな」カシオペイアは笑った。
「そっか」
ムサシはうなずく。ここはゲーム空間ではない。ここでプレイしているのは、ボイド宇宙に接続したプラグインキャラクターではなく、遠隔操作で神経接続されたテロートマトン。アリシアは地球のヨリトモと連絡をとって直接回線を開けばいいだけの話なのだ。
ここはIDが必要なネットゲームではなく、遠く離れてはいるが、ごく普通の現実世界なのだ。だれでも無料で参戦できる現実の戦場なのだ。
「快速艇なんぞは、ヨリトモとベルゼバブを運ぶための道具に過ぎない」
カシオペイアは口をひらいた。
「だからアリシアほど慎重な戦士が、キャッチされやすい快速艇にベルゼバブを積んでいるとは到底思えないんだ。快速艇ごとベルゼバブが破壊されたら、肝心のヨリトモがもどってきても何もできない。とすると、ベルゼバブはどこにある? 木を隠すなら森の中の例え通り、何らかの方法でデータにマスクをかけて、この艦隊の中のどこかのハンガーに隠してあるとは思わないか?」
「マスクをかける?」ムサシはおどろいてカシオペイアを見た。「データを改竄するのか。……しまった。考えてもいなかった。ちっくしょう、おれとしたことが。そんなありがちな手を失念するとはヤキが回ったかな。なるほどデータ上は他の機体に見せかけといて、実はどこぞのハンガーに潜伏していると、そういうわけか」
「ははは」カシオペイアは快活に笑った。「ま、無理もあるまい。わざわざそんなデータ改竄するプレイヤーはいないからな。だが、再検索しても引っ掛かるか分からないぞ。どこまで改竄されているか分からないからな」
「もう一度検索してみる。今度はポイントの動きと出撃履歴で追ってみる。明日まで待ってくれ」
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