2 ベルゼバブを探せ
艦隊全艦艇検索というのはおそろしく時間のかかる仕事だった。
ただ基本的にコンピュータがやってくれることを座って待っているだけだから、なんの苦労もない。ムサシはシートを倒して楽な姿勢をとり、卓上ライトをともして雑誌を読んで結果をまった。
解答はだいたい予想通り。該当なしだ。
これはそもそも確認作業だったので別に驚きもしない。この結果を携えてカシオペイアのところに出向き、逃亡した快速艇を追跡する作戦を開始する。
リニアドライブを使っていない以上、アリシアが隠れているのは惑星カトゥーン上しかあるまい。あとはそこに一部隊派遣して徹底的に捜査するだけだ。
クロノグラフで検索するとちょうどカシオペイアがオンラインであることが確認できた。時間がもったいないので、連絡をいれずに自走路を走った。カシオペイアの個室はブリッジに近い。
偽装隔壁を抜けてすぐのところにある個室のドアを、ノックもせずにレッドバッヂでぶち開けて中に乱入してやった。
「おーい、カシオペイア。ベルゼバブのことだけどよぉ」
中に入ってムサシは動きをとめた。来客中だったのだ。
ソファにすわったカシオペイアとオフィシャル側らしいスーツ姿の連中が、頭を突き合わせてなにやら相談している最中だった。ムサシが闖入してしまったため、そこにいた全員が驚いた顔でこちらを見上げていた。
「どなたですか?」胸にネームプレートを貼り付けた一人のスーツ姿がたずねた。
「失礼、友人です」カシオペイアがすばやく立ち上がり、ムサシを外に連れ出す。「少しまってくれ。すぐ終わる」
「すまねえ。お客さんがいるとは……」さすがのムサシも申し訳なさそうな表情でうなだれた。
「いや、かまわん。あとで連絡する」
カシオペイアはムサシの肩をたたいて室内にもどった。
「すみませんでした、板倉さん」カシオペイアは、にこやかにマネージャーの板倉に謝る。「ちょっと悪ふざけの好きな友達でして」
「かまいませんよ、ここはゲーム空間ですからね。さ、続きをはじめましょうか?」
「ねえ、ちょっと」奥のロッキングチェアで足をぶらつかせていた苺野芙海が口をはさんだ。「今の人が言ってた『ベルゼバブ』ってなに?」
「ああ」カシオペイアは一瞬返答に困った。「カーニヴァル・エンジンですよ」
「そんなのあるの?」
「ええ、そんなのもあります」
「乗ってみたいわね。あたしの機体、それに替えてくれない?」
興味津々といった態度で、芙海が身を乗り出してくる。
「オフィシャルから提供された『フェンリル・ゼロ』もスペシャル中のスペシャルで、いうなればレア機体ですから、十分高性能ですよ」
芙海はするりと立ち上がると、ホットパンツから伸びた美しい脚を強調するように肩幅に踏み開いてみせた。
「ベルゼバブがいいわ。ベルゼバブにして」
焦げ茶色の瞳がカシオペイアをにらむ。天使の生まれ変わりかと思わせるほど美しい顔に睨まれると、かなり怖い。
が、ベルゼバブにしてくれと言われても無理だ。あれは、あれ一機しかない機体なのだから。
「できません」カシオペイアは言い切った。「みなここではプレイしてポイントを稼ぎ、平等に機体を手に入れてます。あなたはイベントの企画に協力していただく謝礼として特別に特殊機体を贈呈されているだけであって、なんでもかんでも手に入ると勘違いされては困る。ここの主役は有名人ではありません。ここは、努力して戦うプレイヤー一人ひとりが主役になれるゲーム空間なんです」
言い切ってしまったあとで、カシオペイアはしまった言い過ぎた、と後悔したが、意外にも芙海は口元に微笑を浮かべていた。
「芙海、あまりわがままを言うなよ」板倉がたしなめた。「カシオペイアくんは一般プレイヤーなんだ。今日も彼のプレイの時間を割いて協力してもらっているんだぞ。仕事できているわれわれとはちがうんだから」
「今日は時間はあるんですか? フェンリル・ゼロで外に出てみますか?」
気を取り直してカシオペイアは苺野芙海を誘ってみた。
「いえ」板倉が芙海のかわりに首を横にふった。「彼女はこのあと貴重なオフでして。友達に会いにいく予定があるそうです」
「ああ」カシオペイアはうなずいた。「友達は、大事ですね」
「あなたにも、いらっしゃるの? お友達」
芙海はあけすけな興味を表にだして尋ねた。「ここで一緒にゲームしたりするような」
「ええ、いますよ」カシオペイアはふっと口元をほころばせた。「昔からの友達です。今は、敵同士ですが」
「敵なの?」芙海はさっきまでとは別人のようなきらきらした瞳でカシオペイアを見た。
「ええ、手強い奴です」
「芙海」板倉が水をさす。
芙海はうなずいて、カシオペイアとスタッフに挨拶した。
「今日はこれであがります。また明日、よろしく。ごめんなさいね、お先です」案外そっけなく芙海は接続を切って、姿を消した。
つづいてスタッフも次つぎと挨拶を交わして切断してゆく。
最後に板倉が丁寧にカシオペイアに礼をのべて姿を消した。
「さて」カシオペイアはつぶやいた。「友達に会う準備をしにいくか」
「動くな、ブス。あたしはこう見えて遠慮なく撃つタイプだからね」
アリシアは自動拳銃の
デブはぽかんと口をあけ、アリシアを見上げている。
「あんた、名前は?」アリシアは銃口を微動だにさせず問う。
「あ、えっと、ケメコ、です」
「あたしは、アリシア・カーライル。覚えなくていいわよ。もうすぐ、あなた死ぬんだから」
「はい?」ケメコは表情を憎にくしげに歪めてみせた。「誰が死ぬって? バカいってんじゃないわよ。この、ペチャパイ」
「な……」アリシアがかっと赤面した。「胸の大きさは関係ないでしょ!」
思わずケメコの胸に目が行く。でかい。いや、これはプラグキャラだ。プラグキャラででっかい胸を作ってるってことは……。
「あんただって実物は胸が小さいんでしょ!」
「なっ!」ケメコの頬が朱に染まる。「勝手に決めつけないでよ。こう見えてあたしの本体はスタイル抜群のナイスバディ―で、美人な──」
「ちょっとまって!」アリシアはいきりたつケメコを手で制した。「論点がずれてるわ。話をもどしましょう。いい? いまあなたが変な真似をすれば、あたしは引き金を引いて、頭が良くて美人なあなたを撃ち殺すわ、よろしい?」
「よろしい、進路クリアね、おだてのアリシアさん」ケメコも落ち着きを取り戻して手をあげた。
「おだてるのは嫌いだけどね」アリシアは銃を構えたまま続けた。「悪いけど、あんたのカーニヴァル・エンジン、いただくわよ」
「けへっ」ケメコは嘲笑した。「できるもんならやってみな。うちのカオリンは良心回路が壊れててね。ヘルプウィザードのラズも、なにやら訳のわかんないことほざいてたからね。あたしとずっとこの惑星にいるとかいないとか。果たしてあんたの言うこときくかしらね」
アリシアはちらりと気密ハッチの内側にある小型モニターを盗み見た。
画面には金髪のウィザードが映っていて、無表情にアリシアを睨んでいた。
「あんたがこの機体のウィザード?」
「ラズベリーです。ただし、ラズと呼んでいいのはケメコだけ」
「ラズベリー、あんた、あたしがこの機体を動かすことについて、どう思う?」
「あなたがコックピットに入れば、あたしは空調を調整してあなたを窒息死させます。あなた、プラグキャラじゃありませんよね? このカオリンはケメコだけの機体であって、あなたがこのコックピットに着くことを、あたしは絶対許しません」
「ふん、バカバカしい」アリシアは毒づいた。「ユニーク機体でもあるまいし」
「ユニーク機体だぁ?」ケメコが眉間に皺を寄せた。「ベルゼバブみたいにか?」
「なに? あんた、ベルゼバブを知っているの?」
「ちっ、なんだい、あんた、ヨリトモの知り合いかよ。なら早く言えばいいのに」
「あんたヨリトモを知ってるの?」
「ま、数少ない友人の一人ではあるね」
「嘘ですよ」ラズベリーが口をはさむ。「友人はヨリトモさん一人しかいません」
「なに言ってんだよ、このラズ。ナスタフだって番号交換してるだろうがっ!」
「ちょっとまった。あんたヨリトモの友達なら、あいつを救うために手を貸してはくれないかな」
「ああ、いいよ」ケメコは即決した。「あんたがその銃を下ろしてくれたら、ね」
「む……」アリシアは銃をホルスターにもどした。なぜか立場が逆転したのを感じる。
「で?」ケメコはハッチの上で座りなおし、胡坐をかいた。
「ヨリトモを助けるってのは、なんの話さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます