4 追跡開始
「またせたな、コジロウ」
約束の時間に20分遅れてきたジェロニモは、悪びれた風もなく冗談をかました。
「ムサシだ」
ムサシは憮然と応じる。
「ふっ、コジロウ、お前の負けだ」
ジェロニモはいい気になってふざけ続ける。
「そろそろ行くぞ」クロスワードパズルの雑誌を放り出してムサシは立ち上がった。
「勝つ奴がなんで雑誌を捨てる」
ジェロニモを放置してムサシは歩き出した。ジェロニモが一緒だからシューターで一気にハンガーまで行くわけにはいかない。
ムサシは以前ヨリトモが初めてここに来たときのように廊下を歩いてデッキまで行った。
ムサシのハンガーと以前のヨリトモのハンガーは同じデッキにある。
ベルゼバブを捜索するにあたり、まず最初の一歩としてムサシはヨリトモがいたハンガーを訪れることに決めていた。しかし初日の捜査にどうしてもジェロニモが同行するといいだして、二人は十三番艦ゲルハルト級のロビーで待ち合わせたのだ。
ムサシはヨリトモを案内したあの時を反芻しながらデッキまでジェロニモを従えて歩き、あの時あいつがユニーク機体をいきなり引き当てた、今は無き旧六番艦のあのハンガーのことを思い出していた。
あのハンガー。
そして画面に今まで見たこともない機体、ベルゼバブの画像が映しだされたあの時。
遠い昔のような気もするが、実は大して日数は経っていない。しかしあの夜は、ムサシにとってまさに伝説の夜だった。
「ここか?」
ジェロニモが以前ヨリトモのいたハンガーの前に立つ。胸のレッドバッヂをデスクトップにかざして情報を読み取る。
「すでに他のプレイヤーが入ってるみたいだな。アガスが格納されている」
ジェロニモはレッドバッヂの権限でハンガーの持ち主のデータを引き出した。持っている機体。プレイヤーの名前。本名、住所、電話番号、固有ID、パスワード。
「ヨリトモじゃねえ。が、まあ、ここにいるわけないわな」ムサシは肩をすくめる。ヨリトモは人形館からアクセス禁止の処置を受けている。ここにいるわけがない。
「ここまで個人情報が閲覧できちまうなんて、このバッヂ、やばいな」
ジェロニモは変なところに感心している。
こいつ、レッドバッヂの効果を知りたくて、さてはついてきたなとムサシは口を歪めた。
「でも、なんで、カシオペイアもおまえも、ベルゼバブを探してるんだ? 運営側も、こんなもんまでおれたちに渡して、なぜそうまでする?」
「そりゃあ……」本当のことを語れないムサシは、適当な話をでっち上げるしかない。「ユニーク機体ベルゼバブのデータをやつが奪っちまったから、それを奪還するのが目的さ」
「なるほどね」ジェロニモは納得したように首を振る。「でも、ベルゼバブってのは、そんなに凄い機体なのかね? まあ、カテゴリー・ユニークってのは、たしかに貴重ではあるだろうけど」
「なに、運がよければ会うこともあるさ」ムサシは興味なさげに背中を向ける。「ブリッジへ行ってみよう。あそこで少し検索を試してみる。案外簡単にヒットするかもしれないぜ。なんにしろ、先は長い。ゆっくり追いかけようや」
二人は自走路をつかって艦内のデータベースに直接アクセスできる
ムサシもジェロニモもここに入るのははじめてだ。そもそもプレイヤーが入れる場所ではない。このゲームにアクセスしているプレイヤーのすべてが、まさか艦内にこんな部屋があるとは知らないだろう。ムサシもカシオペイアに教えられるまで、自分の艦にこんな部屋があるとは知らなかった。
ここは宇宙母艦ゲルハルト級のコントロールルームであり、指令所である。
照明のない空間に、ミツバチの巣箱をのぞいたように何層もの床が重なり、びっしりと並んだコンソールに固定されたテロートマトンどもが無言でキーボードを操作している。
点滅したり色を変えたりする無数の画面の照り返しが、無表情に働くアンドロイドたちのプラスチックの顔面を青白く染めていた。
気密ハッチを開いてムサシとジェロニモが入っていっても、だれひとり振り向く者もいない。テロートマトンどもは何かにとりつかれたように仕事を続けており、その集中のしかたはまるで集団ヒステリーに近いものがある。
さすがのムサシも中に入るのを一瞬ためらったが、ジェロニモの手前、臆している姿を見せるわけにもいかず、ずかずかと中に入り、左の隅にある空いているコンソールパネルにとりついてレッドバッヂをかざした。
すぐに使用権が認められ、ムサシは艦内情報検索をスタートさせた。
機体名ベルゼバブで検索するがヒットしない。
ヨリトモというパイロット名で検索すると、すでに抹消済みのデータはでる。やつの本名、住所、素顔、電話番号、通っている学校。すべてを閲覧できるが、現在は接続していないようだ。
「ほお、こいつがヨリトモか」ジェロニモが幻の珍獣でも見るような目で画面の画像を見下ろす。「そんな凄いパイロットには、全っ然見えねえけど……」
「変わったやつなのさ」ムサシが答える。「ま、いまのおれらのターゲットはこいつじゃない」
使用機体の項目をクリックするとベルゼバブが表示された。
派手な角や小翼はない。逆三角形のキックボクサーのような体形。引き締まり発達した筋肉を思わせる、盛り上がって複雑に絡み合った曲線的な装甲。
機体名 ベルゼバブ
カテゴリー ユニーク
こいつだ。間違いない。
ガンメタリックの漆黒の装甲。身の丈ほどもある長刀を背負い、飛び道具はなし。強大な加速力と瞬発力に特化した、近接戦闘専用機、ベルゼバブ。
「すごいスペックだが……」横からのぞきこんだジェロニモが口をはさむ。「加速力と最高速度が異様に高い。が、それに比して、旋回性能がポンコツだ。こいつは回らないぜ。旋回性能が悪すぎる。安定性も酷い。たぶん一直線に飛び込んで切りまくる戦闘で118機撃墜したんだろうが、それが読まれたら決して怖い機体じゃないぞ」
艦内検索をかけてみる。ベルゼバブが艦内のどこかに存在するか検索するのだ。もしあの漆黒の機体がこのゲルハルト内のハンガーで修理をしているのなら、この検索に引っかかるはずだ。
検索には数分の時間がかかった。
結果は該当機体なし、という素っ気ないもの。ま、それは予測していたことだ。次に脇のボタンで艦隊検索を試してみる。答えは即座に出た。
『艦隊検索は旗艦のみで実行できます』
どうやらこれは旗艦ユリシーズまで行かねばならないようだ。このゲルハルト級一艦でこれだけ時間がかかったのだから、艦隊全艦となるとそれ相応の時間がかかるだろう。結果として無駄かもしれないが、まずはここを洗いなおさないと先には進めない。
「ジェロニモ、旗艦へ行くが、お前さんはどうする? 旗艦での艦隊全艦検索にはかなりの時間がかかると思うが」
「ん? ああ。じゃパスする。帰って宿題でもやってるわ」
「そうか。おれはまだ5、6時間は接続してるだろうから、旗艦で検索を試してみる。報告いるか?」
「クロノグラフへメール送っといてくれればいい」
二人は簡単な挨拶をかわして、そこで別れた。
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