3 アリシア出撃

 

「おい、小笠原、ちょっとまてよ」昇降口から外にでたところで呼び止められて、頼朝はふりかえった。


 同じクラスの松下大樹が、三浦と酒井という、いつもの取り巻き二人を従えて立っていた。


 松下は石野ほど人望があるわけでもなく、倉田ほどスポーツができるわけでもない。また森谷ほど勉強ができるわけでもない。

 しかし、そこそこ成績もよく、運動も得意だ。芸能界から誘いがきていると噂が立つほど美形で、まつ毛なんか女子が羨ましがるほど長い。


 だがなぜか女子には人気がなかった。



 頼朝はすこし意外な思いで、近寄ってくる松下を見上げた。松下は片手をポケットに突っ込んだまま、見下ろすように頼朝の傍らに貼りつくと、微笑を浮かべながら囁くようにたずねた。


「なあ、お前、吉川真澄と付き合ってんのかよ?」


「え?」頼朝は自分の顔が不快に歪むのを感じた。「いや、付き合ってないけど……」


 真澄とは席が隣なだけで、付き合っているとかそういう関係では全く無かった。


「へえ、そうなんだ」松下はちょっと意外だといった表情をつくって頼朝を見下ろす。必要以上に顔がちかい。「でも、ID番号交換したんだろ?」


 ああ、あのときのを見ていたのか、と思った。

 たしかに真澄から、電話番号はもらったが、ID交換まではしていない。もっとも、あとで『ボイド宇宙』のフレンドリストに登録してしまったから、ID交換したに等しいのだが。


「電話番号をひとつ貰っただけだ。別に付き合っているわけじゃないよ」


「そうか、わかったよ」

 松下は気さくに頼朝の肩をたたいた。馴れ馴れしい態度だが、親近感は感じない。頼朝は松下になにか下心がある気がして仕方ない。

「もう行っていいぜ」


 松下は手のひらであっち行けという意味のジェスチャーをした。どうも自分の方が立場が上だと言いたいらしい。


 頼朝は素直に従った。無視したといってもいい。

 校門の外にうちの車が止まっている。いつものようにドアの横に郷田が仏頂面で突っ立っていた。







 アリシアは奪った快速艇を惑星カトゥーンの深海に沈めていた。


 惑星カトゥーンの海は深い。


 人形館軍の快速艇がライトニングアーマー無しでどこまで深海の水圧に耐えられるか多少の疑問はあったが、艇内のデータベースにあったカタログ・スペックでは、潜航限界は900メートル。

 これはもともとの設計段階から深海に潜伏することを想定したことが予想される数値だった。さらに、潜行用プログラムと海底固定のためのアンカーが艇体下部に装備されている。



 ともあれ、アンカーを海底に打ち込んで快速艇自体を深海に固定し、すべての機器を一時停止させた暗闇の中で、携帯ライトをたよりに敵味方識別良心回路を破壊したのち、永久機関エマモーターを再起動。システム内のセキュリティーをすべて洗いなおして、やっとアリシアは眠りにつくことができた。



 いま現在カトゥーンの地表は、人形館が撒き散らした対人掃討用の自動機械が動き回っていて危険な状況だ。

 もしいくつかの戦闘部隊が生き残っていたとしても、クリーナーと呼ばれるあのロボットどもが活動し始めたら、最後の一兵卒まで殲滅されてしまうだろう。


 ただ、まずい話ばかりでもない。クリーナーといえど、ある程度の抹殺が目的であって、完全なる根絶は不可能だ。今後到着する掃討艦隊にしたところで、惑星カトゥーンを再起不能にするのが目的であるから、都市部をのがれて森林部や山岳部に隠れていれば、命ばかりは助かる。


 ただ、この惑星がもとの状態に戻るのには、何百年もの時間が必要になるだろう。生き残った人たちは、すべて最初からやり直すことになるのだから。

 そして、その過程で全ての知識と科学技術が失われてしまうことになる。

 ここに残ってやり直しを手伝うのも、ひとつの道かもしれない。それだって立派な人生だと思う。


 だが、あたしは別の道を選ぶことに決めたのだ。


 人形館を止める。あたし一人が頑張っても、全銀河に広く勢力を拡大している人形館を止めるのは、不可能だということは分かっている。でも、それでも、あたしは、戦い続ける。人形館という巨大な車輪に向けて蟷螂の斧を振り上げるのだ。



「アリシア?」画面に映った黒い髪に黒い肌の少女が、寝台の上でまんじりとしていたアリシアに声をかけた。

 ヘルプウィザードのノートだ。

 もともとアリシアの乗機グリフォンに装備されていたウィザードだが、グリフォンが撃墜された時に、バックアップをとって持ち出したものを、アリシアはこの快速艇に移して自分の仕事を手伝わせていた。いまのアリシアにとっては信頼できる仲間の一人である。



「起こしちゃったかしら、アリシア?」


「いえ、構わないわ。眠っていなかったから」アリシアは起き上がって照明をつけた。「どうしたの? 警報?」


「カーニヴァル・エンジンがくるわ。機数3。うち1機は識別青。味方みたいだけど」


「味方? 機種は? まさかベルゼバブってことはないわよね」アリシアの表情が凍りついた。


「いえ。インフィニティーよ。おそらくはプレイヤーキラーね」


「ああ」あわてて軍服に袖を通そうとしていたアリシアは、安心して寝台に腰をおろす。「位置は?」


 ノートに地図を表示させた。


「意外に近いわね。格納庫にジェット機があったわね。あれなら人形館にキャッチされずに行けるんじゃないかしら?」


「危険はあります。それでも見物ですか?」


「興味本位でいくわけじゃないわ。プレイヤーキラーなら使えるかもしれないから行くの」アリシアはノートに浮上を指示した。




 ノートに艇の操縦を任せ、格納庫に走ったアリシアは、双発ジェット機のコックピットについて、射出シャッターが開くのを待つ。


 副座で双発、ステルス塗装が施され、超音速飛行が可能。


 『エアリアル・コンバット』に出てきた地球の戦闘機トムキャットに酷似しているので、とりあえずトムキャットと呼んでいる機体だ。操作パネルのレイアウトも大差ない。サブ画面にノートを呼び出して回線を維持する。


「アリシア、射出するわ」


「オーケー、ノート。やってちょうだい」



 カタパルト発進から、機を上昇させ、データリンクのマップを読み込ませたのち、アフターバーナー全開で目的地に向かう。


「急いでください、アリシア」


 通信回線を維持するということは、快速艇が潜水できないということだ。海上に浮いた状態だといつ人形館にキャッチされるかわからない。

 もっとも現在人形館は惑星上を監視する必要はないし、掃討機械もあの海域に近づく理由がない。惑星上の一点というのは、ずいぶんと見つけにくいものなのだが。



「そろそろ視界に入るはずです」ノートの報告にアリシアは上空に視線を漂わせた。


 見つけた。


 雲の少ない青空の一点に、赤く燃える火の玉が浮いている。ノートからの転送情報を照合すると、ものすごい速度で落下しているようだ。


 敵2機に追撃されたプレイヤーキラーは、一度大きく方向を変えて失速し、さらに高度をがくんと落として薄い雲の中に一瞬姿を隠し、地表へ向けて落下してきた。


 剥落したライトニング・アーマーのプラズマ片を撒きちらしながら、落ちてきたカーニヴァル・エンジンは地表に激突する寸前、敵の直撃弾をくらい、ぐらりと機体をよろめかせて墜落した。


 バックパックの、おそらくは制動ロケットだと思うが、派手な炎を吹き上げて何かが爆発した。上空の2機はそれを見下ろして、プレイヤーキラー機が爆発したと勘違いしたらしい。スポイラーを開いたまま着陸することなく旋回して、ふたたび上昇していった。



「へえ、あいつ、なかなかやるな」

 アリシアはにやりと笑うと、今まで警戒して距離をとっていたトムキャットをプレイヤーキラー機の着陸地点にむけて近づけさせた。


 爆炎があがったくらいで、カーニヴァル・エンジンのセンサーは騙されない。


 敵機を撃墜したとパイロットが勘違いしたのは、敵味方識別信号がストップしたからで、それはつまり、あのプレイヤーキラー機のパイロットがカーニヴァル・エンジンの電源を切ったからに他ならない。

 唐突に識別信号が消えたから「撃墜」の判定が出たのだろうし、追いかけてきたパイロットにすれば、その段階でポイントが加算されるから目的は達成されたことになる。それであの2機は引き上げていったのだろう。



 だが、となるとまだあの機体もパイロットも実際には健在のはずだし、ならば機体の状態によっては役に立つ拾い物になるはずだ。


 とにかく奴が死んだ振りをしている間に距離を詰めたい。


 アリシアは全速でプレイヤーキラー機に接近すると、エアブレーキで急減速して上空をフライパスし、機体の状態を確認した。



「しめた」思わず快哉を叫んでしまう。

 あの機体は完全に死んでいない。おまけに主スラスターは破壊されているという理想的な状態。


 興奮で操縦桿を握る指が震える感覚をおぼえながら、アリシアは墜落したカーニヴァル・エンジンがえぐった地面に無理やりトムキャットを着陸させた。

 接地と同時に機体が二十度以上傾いたが、かまわずコックピットから飛び降りて湯気のたつ土のうえに立つ。


 掘り返された地面を強引に蹴って走り、横様に倒れたカーニヴァル・エンジンに取りつく。



 ワインレッドの塗装。

 エッジの立った独特な小翼はほとんど折れてしまっているが、細身の鋭角的なデザインはインフィニティーだ。手にした大型速射砲といい、無茶に追加された拡張ノズルといい、この機体のパイロットが無能であることを如実に指し示している。



 大破したインフィニティーは湯気と煙をたちのぼらせて、音もなく横たわっている。


 アリシアは装甲表面に触れて、火傷しない温度であるのを確かめると、突起物の多い足方向から機体によじのぼりはじめた。


 機体のどこか奥の方からぶうんとうなるモーター音が伝わってくる。エマモーターは止まっているようだが、バッテリー稼動の機器がいくつか作動しているらしい。しかしパイロットかウィザードかは知らないが、装甲冷却機まで動かしたのは完全な失策だ。



 アリシアはインフィニティーの腰から背部バックパックに近寄り、放射線量をクロノグラフで確認してから胸部にまわりこんだ。


 細いモーター音がして腹部の装甲ハッチが開き始める。どうやらパイロットの登場らしい。

 アリシアは肩部装甲の上に腹ばいになって待機した。



 パイロットが奥から姿を現す。

 アリシアは心のなかで、なんだありゃ、とつぶやく。



 樽かと見紛うくらいに太った体形。

 膨張色のピンクを主体にした悪趣味なパイロットスーツ。

 おかっぱに刈りそろえた髪と、渦をまくような度の強い丸眼鏡。鼻から頬に広がるソバカスと、月面のようなあばたなニキビあと。


 あのプラグインキャラクターは、わざとなのか? だとしたら、どういう理由でだ? ともあれ、かなり変わった奴であることにはちがいない。


 太ったキャラクターが、開放されたハッチに腰を下ろして足を空に投げ出した。



 アリシアは電光のように飛び出した。



 カーニヴァル・エンジンの腕の上を走って跳躍し、降下の勢いをつかって胸部アーマー上を駆け抜け、太った女の背後にとびおりた。


 腰のホルスターから自動拳銃を抜き放ち、デブの頭部へ正確に照準サイティングする。


「動くな、ブス。あたしはこう見えて遠慮なく撃つタイプだからね」


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